October 28, 2011

強くなりたい Part2


ブログねたとしては今更なのかもしれんけど、少し前に話題になった中国でのひき逃げ事件を御存じの方も多いかと思う。




2歳の女の子がひき逃げされて瀕死の重傷を負っているのにも関わらず、18人もの人たちに素通りされてしまった事件。





少女はさらに別の車にひかれ、搬送先の病院で意識不明の重体だったけど、結局亡くなった。





たまたまテレビのニュースで見かけ、目を疑った。





防犯ビデオに映し出された人々のその信じがたい所業と、女の子の無残な姿を見て涙が出た。





子を持つ親として、女の子の親御さんの気持ちがそのまま自分の気持ちに重なった。










私には、人間の良心について、セミナーを通して話をする機会が与えられている。






セミナーの中で、「血を流した人が目の前に倒れていてあなたは放っておきますか?」と受講者の方たちに質問を投げかけることがある。





もちろん、「放っておきます」などと言われたことはない。





皆、一様に「もちろん助けます」と。





だって、人間には良心がある。





しかし、簡単に人間の良心はねじ曲がる。





それぞれの都合や環境によって。





かく言う我々の住む日本だって、戦中、戦後は、おそらくもっとひどい状況があったことは想像に難くない。





同様に貧困や様々な経済的な問題によって、心に余裕のない環境に置かれた人たちは世界中に大勢いる。





私たち日本人のいわゆる中流以上と言われる恵まれた人たちは世界的に見てもマイナーだ。





現代の日本に生まれることができて、今の幸せに感謝しなければいけない。





ひき逃げのあった中国には、背景として、人間の良心を狂わせる深刻な問題が横たわっている。





親切や善意が仇になる、関わっては損になると思わせられるような世情がある。





事故後の損害賠償は、生存者への治療費よりも死者への慰謝料のほうが安く上がる。





つまり、死んでくれていた方が支払う金額が少なくて済む。





他人の命よりも自分の金。





ビデオに映し出された惨状は、決して我々にとっても他人事じゃない。





我々だって、いついかなる時に、鬼と化してしまうかもしれない危険に晒されている。





自分だって自信がない。





女の子を病院に運んだ19人目のおばさんのようになれる自信だ。





生まれたところが違えば、18人の中の一人になっていた可能性は富士山のように高い。





「箱」が自分の良心を麻痺させる。





今、自分が生きていられる環境に感謝すると共に、どんな時でも、19人目のおばさんのように鬼ではなく、人として強く生きていたい。

























ようかいにんげん








はやく・・・    なりたい!






と思ってる人はいらっさい











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えっ?  何になれるんですか?







と思った人はこれ読みんさい













houkinkun at 14:00│Comments(0)TrackBack(0)clip! 

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