March 07, 2011

おもいやり2


朝礼見学会!    世界一覗きたい朝礼?






懇親会や、会合、プライベートなパーティー、家族の団らんなど、私たちは、多くの自分以外人たちと会食する機会がある。




食事が個別に取り分けられていたり、一人ずつのコース料理になっていれば別だけど、大皿料理のときに困ることのひとつに「遠慮のかたまり」という問題があるが、当然、誰しもがそういう状況を迎える。




最後の一つを誰が食べるのか?




結局、譲り合いの精神で、最後の最後まで残っている場合もよくあるけど、知らぬ間にこの問題がクリアになっているときがある。




会食している人数が大勢の場合は、これはありがたいことだ。




気遣いすることなく、いつの間にやら皿が綺麗になっているというように、面倒くさい障害が取り除かれている状態になっていることは誠にありがたい。




しかし、2人きりで食事しているときにこれをされるとカチンとくる。




しかも、その料理を全く自分が食べてなかったりしたとき、正直、後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃が走るわけだ。




おまえは、ひとりっこかっ!




とツッコミたくなるが、実際ひとりっこだったりするから困る。




ありえん、オレ、一個も食っとらんぞ!




え、そうなの?




本人は、全く悪気がない・・・




目の前にある料理はすべて自分のものだと思って人のことを気にせず全部食べてしまったりする。




大抵は、分け与える、譲り合うという感覚を、生きてきた環境の中で教育されたり、自ら覚えると思うんだけど、さっぱりない。




会食の際に、相手のことがいろいろとわかる。




くちゃくちゃと音を立てて食べる人、「いただきます」も「ごちそうさま」もなければ、その場に同席する人にも目上の人にだろうが、遠慮なく先に食べる人、上司に驕ってもらって当たり前だと思っている人。




気遣いし過ぎるのも、され過ぎるのも面倒くさいけど、自然体でいられる程度の礼儀はわきまえたほうがいいと思う。




それぞれに育った環境も違うし、価値観も違うので、何が本当の正解かはわからない。




礼儀やマナーは覚えることだし、知らないことはそもそもできない。




私もきっと気遣いできずに、多くの状況でご迷惑をかけたり、嫌な思いをさせてきたことだろう。




ただ、他者に対する配慮や感謝することは、知らなかったからできないこととはリンクしない。




相手を気にすることで、自然と気遣いはできる。




他者にベクトルを向ければ、相手の行動に気付かされる。




だから、自分の意識が相手に向いていれば、相手の思いやりある行動にも気付くことができる。




逆に自分の意識が自分自身に向いていれば、相手のアラばかりが目に付いてしまうことにもなるけどね。




自分がされていやなことはせず、してもらいたいと思うことをする。




相手の中に自分を見る。




それが他者目線ってもんだ。




人を自分と同じ人として見る。




でも捉われない、がんばらない。




無理をせず、自分にできることだけに集中する。




相手に何かをしてあげたいと思い、そして、それが自分にできることであったときに行動は生まれる。




だから、自分の感情に裏切ることなく実践することで、思いやりと気遣いのできる人になりたいと思うわけなのだ。。。



















































ぽちっとな


人気ブログランキングへ





押して 














houkinkun at 12:30│Comments(0)TrackBack(0)clip! 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔