December 06, 2010

ゆらぎの森

 

人の記憶は非常に曖昧なものだ。

 

先日、ある人が私にお礼を言ってくれた。

 

お礼を言ってもらえるようなことを直接その人に対してしたわけではなく、どうやら会話の中で私がしゃべったことが、その人の役に立ったらしい。

 

で、そりゃお役に立てたなら幸いです、逆にフィードバックありがとうございます、的な逆お礼を述べた後に、その人にとって一体どんなことが役に立ったのかを尋ねてみた。

 

で、聞いてはみたものの、うっすらと記憶の片隅から引っ張り出せるものの、あまり思い出せない。

 

で、もう少し詳しく聞いてみると、ほう、そんなことを言ったかもしれないね、でも、拡大解釈して勝手に繋げられているような気もするね・・・的な・・・

 

しかし、まー、お役に立てたならOKか、てな具合で、何とも消化不良気味な感じだったわけだ。

 

人の記憶なんて本当に信用ならない。

 

自分の過去の記憶も、よく考えてみれば、良かったことだけをつなぎ合わせて、自分の都合の良いシナリオに書き換えられている可能性が往々にしてあるよね。

 

でも、人は曖昧だからこそ生きていける。

 

人はいつも揺らいでいる。

 

揺らいでこそ調和を保てる。

 

とまらない、かたまらない、とらわれない、しがみつかない。

 

 

柳のようにしなやかにたくましく。

 

ゴキゲンであることは揺らいでいる状態に近い。

 

 

でも、やっちゃいかんことがある。

 

それは、ぶれることだ。

 

揺らぐことと似ているようで全然違う。

 

芯がぶれると信用をなくす。

 

ぶれずに揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モリシン

 

ヒロミゴー?

 

 

 

タカス?

 

 

 

ゆらぐわ~



houkinkun at 18:30│Comments(0)TrackBack(0)clip!テキトー放談 

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