November 12, 2010

三河を元気に

 

中産連さん主催の26日の見学会、箱のファシリテーター仲間の佐藤しんちゃんも自身のブログとメルマガで紹介してくれました。

 

ありがたやありがたや〜

 

日常生活や組織内での【箱】にまつわるエピソードが満載で情報発信してくれています。

 

しかも、私と違って毎日・・・

 

スバラシイ・・・

 

要チェックです!!!

 

 

しんちゃんありがとぉ〜


 

 

わが社は鋼材販売を主力として、三河地域に大変お世話になっている。

 

コアバリューとして、『思いやる心を持つ』ことを信条とし、理念として、三河で間に合う存在となり、この地から元気を発信することにお役立ちできるようになりたいと考えている。

 

 

灯台下暗し。

 

家族でも何でもそうだけど、近い存在であっても意外と知らないことが多い。

 

自分の住むまち、お世話になっている環境、知らないことはいっぱいある。

 

三河についても例外ではない。

 

薄れていく歴史観、古くからのその土地の言葉、時代の変化と共に失われていくものはたくさんある。

 

名古屋にしても、三河にしても、愛知県の土着の言葉は、お世辞にも美しいとは言えないけど、生まれ育った地域の言葉だから、愛着がある。

 

 

 

私は、あまり長い時間テレビを見ない。

 

というより、子供がいれば、ほぼチャンネル権は彼らにあるので、見られない。

 

先日、テレビで、たまたまテレビをつけたタイミングで、秘密のケンミンshowという番組がやっていて、で、これまた、たまたま愛知県のことを取り上げていた。

 

で、さらに愛知県三河地方という言葉が出てきたので、そのままリモコンを置いた。

 

そこで、

 

 

三河地方南部の愛知県民はアイスの棒のことを『ほせ』と呼ぶ

 

 

ということが紹介されて自分の目と耳を疑った。

 

はぁ〜?   じぇんじぇん知りませんけど・・・

 

それを紹介した元F1ドライバーの中嶋悟さんは岡崎市出身。

 

で、テレビでインタビューを受ける人たちは、西尾市や安城市の市民が出ていた。

 

おいおい、じゃ、南部じゃないだろ、西三河じゃないか、そもそも南部をどの辺りを指して言っているかしらないけど、あえて言えば、豊橋市や田原市辺りのことじゃないか?

 

三河は東か西かで語ってほしいもんだわ・・・ 三河全体を指すなら愛知県南部だろ・・・  てな感じでいい具合に箱に入った。

 

そう言えば、最近、社内で≪奥三河≫も三河だぞ、的な会話が飛び交っているのを聞くにつけて、実は、ハッと思ったけど、まぁ、聞かなかったことにしておこうとひっそりと心のうちにしまっている。   

 

ま、わが社には、いざというときは、額田の山奥在住、清水というリーサルウェポンがあるから大丈夫だ。

 

営業所ならぬ、奥三河営業車ということで車店長になってもらえば、バッチリとソリューションだ。

 

 

しかし、西三河人たちは、驚いたことに、焼き鳥の串まで『ほせ』なんて言っている。

 

焼き鳥の串は串だろ?  アイスの棒は棒だろ?

 

というような疑問を抱きつつ、偏向気味の情報を流すんじゃねぇ・・・ などとさらに固い箱に入りつつ、テレビをしばらく見ていたら、豊橋方言研究会会長という人が出てきて、『ほせ』について説明をし始めた。

 

豊橋?

 

ということは、やっぱこの辺りでも使うってことか?

 

いやいや、38年近くこの地で生活してきたのに、おれは知らんぞ・・・

 

で、話を聴いていると、江戸時代の本にも記述されているそうで、元々は木の枝の先っぽの方というような意味だったらしく、へぇ、そうなんだ・・・

 

と思ったけれど、それよりも何よりも、その会長さんの顔を見てビビビとフラッシュバック!

 

 

ああっ!!!  おれ、この人知ってる!!!

 

 

まさかあの人じゃなかろうか?

 

短い出演時間だったけど、きっとそうだ!

 

でも待てよ、方言研究?

 

やっぱ違うかな?

 

なぜ、違うと思ったかというと、実は、その会長さんが私の高校時代の世界史の先生だったからだ。

 

郷土史研究している人が世界史?

 

んんん〜  むむむ〜  

 

で、イマドキな言葉で言えば、早速、ググってみた。   イマドキでもない?

 

そしたらいっぱい出てきた。

 

たくさんの本を書いたりして、かなりの有名人だということがわかった。

 

 

 

ちなみにこの人   

    ↓ 

  吉川先生

 

 

20年以上前のまんま印象が変わっていない。

 

あの当時から結構お年を召されてると思ったが、変わっていない。

 

お年を召されていたから、今頃は天にも召されているんじゃなかろうかと思っていたけど(むちゃくちゃ言っとるな・・・)、御存命で、なによりお元気そうで何よりだった。

 

タムチさんに映像を見せたら、彼は世界史を選択していないから、記憶が曖昧ではあるが、なんとなく思いだしたようだ。

 

しかし、ということは、あんまり得意でもないことに対して教鞭を取っていたのか、とも言えるが、まぁ、そんなことはどうでもよい。

 

高校時代、当時を振り返るに、先生の話しぶりが、おっとりとした口調で単調、しかも、話が全然楽しくないことと(しかし、むちゃくちゃ言っとるな・・・)、授業が昼休憩終わった後の時間帯だったこともあって、生徒がほとんど寝てしまうという状態に陥り、そこで先生が怒って、生徒が目が覚めるという感じだったな・・・ということを思い出す。

 

それから、思いだすことは、教壇上に立ったときの先生のズボンのシミ。

 

頻繁にズボンが濡れている。

 

時には、お茶でもこぼしたんじゃないかと思えるほどビタビタに濡れていた。

 

ま、なぜ濡れていたかは、推して量るべし。

 

お年を召されていましたので。。。   いろんなところがゆるんでまいりますので。。。

訴えられませんように・・・  

 

 

 

ということで、『ほせ』のことを社内で数人に聞いてみた。

 

そしたら、ほとんどの人が知らない中、知っていたヤツが一人だけいたのだ。

 

田原出身の営業部の青木だ。

 

おお、ということは、南部ということもあながち間違ってはないな、と思えた瞬間だった。

 

ちなみに白井も田原だけど知らなかった。

 

 

『しらい』だけに『しらない』          

 

 

 

なんつって 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハートさま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハートさま・・・

 

 

 

 

 

 

で、田原の方言ということから、資材部の丸茂が青木に『どこつん』を知っているか?とふったところ、やっぱりこれも知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこつん?

 

 

 

 

 

 

 

私を含め、周囲の反応は、これまた衝撃だったけど、実は亀のことを言うらしい。

 

ん〜 、知らない方言が多いもんだ。

 

 

それを聞いて、今度は顧問の渡辺が『ほったー』って知ってる?

 

と会話に加わり、営業部の清水がへそくりのことでしょ?と、どうやら知っていたようだ。

 

で、私が、『ほったー』は知らんかったし、使わんけど、『けったー』はこの辺りでは言うよね、なんて言ったら、今度は、渡辺がそれは履き物だな?なんて言い出した。

 

 

 

 

 

 

 

???   ???   ???

 

 

 

 

 

 

 

 

それは『せった(雪駄)』でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

・・・   ・・・   ・・・

 

 

 

 

 

 

 

ハッハッハー

 

 

 

 

 

 

 

みんなで笑える朝はいいもんだ。

 

わが社の未来は明るい。。。

 

 

 

朝礼見に来る?  

  

 

 

つーか、26日来て       

http://www.houkin.com/motivation.pdf

 

 

 

当日は、私も2時間程しゃべりますし。

 

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

 

 

しゃべらんくていい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チクショー



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この記事へのコメント

1. Posted by Wつキ   November 16, 2010 21:50
ホセ★ 子供の頃住んでたアパートの隣りのバアちゃんが言ってました!ケッターはケッタマシンって言ってました!
2. Posted by 四日市の餃子屋   November 27, 2010 01:11
世界史とっておりました。

覚えております。この人。

というか、私の記憶の映像と同じ姿。

不老不死か?というくらい変わってない。

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