January 08, 2010

規則性の中の不規則さ

 

あなたにはこんな経験ないだろうか?

 

子供の頃、床に張られたPタイルのつなぎ目やフローリングの木目に沿って歩き、

 

 

『このつなぎ目を踏み外したら死ぬ』

 

だとか

 

『最後に左足で踏み終わったらアウト』

 

 

などと、何気ない日常にゲーム性を持ったり、密かな喜びを見出しながら、ひとりトボトボと下を向きながら歩いてしまったというようなことが・・・

 

当然のことながら、踏み外したところで死にもしなければ、アウトになんてならない。

 

だいたいセーフだったらどうなんだっつーんだ。。。

 

基本的に、人は単調な作業や行動によって物事が継続的な状況にある場合、慣れや、飽きがきてしまうものだ。

 

だから、そんな状況にある場合、より高度でチャレンジングな作業を好む傾向にある。

 

もちろんそうでない人もいるだろう。

 

本人がゲーム性を持った上でやっているかどうかは別として、我が家の子供もたまに下を向いて一生懸命に目印を見つけては、それを踏みながら歩いていたりする。

 

しかし、これは子供も大人も人である限りみんな一緒だ。

 

連続性や規則性の中に楽しみを見つける。

 

先日、とある大型スーパーへ行ったとき、遠くからうつむき加減で奇妙な歩き方をしながら、まーまーなスピードで早歩きしている小太りなおっさんが私の方へズンズン近寄ってきた。

 

正直なところ、若干ひるんだ・・・  &  構えた・・・

 

で、あせって事前に少しだけ横によけた。

 

しかし、彼は変わらずそのままのスピードを保ちつつ、相変わらず下を向きながら突進してくるではないか。

 

私は思わず、いざとなったら、北斗宗家2千年の歴史、封印していた必殺の秘拳をお見舞いしてやれる体制に入った。

 

が、彼はあっさりと私の傍を通り過ぎて行った。 数字らしき言葉をつぶやきながら・・・

 

言うまでもないが、その足元はしっかりとPタイルのつなぎ目を踏みしめていた。

 

かなり大きめなタイルだったため、妙に歩幅が大きく、歩き方の奇妙さに拍車をかけていたのだ。

 

人間はファジーな生き物だ。

 

ロボットのようにはいかない。

 

連続性や規則性の中だけで、それぞれの人間のポテンシャルは上がらないし、発揮しにくい。

 

作業の効果や効率を計る側の人間であれば、規則性を求め、その中に基準や評価を作ろうとするが、実際には、作業する側の人間は非効率的になっていくという現実がある。慣れや飽きによって。

 

私は過去、営業の見習いの頃、先輩に、眠たい顔してお客さんの所へ伺うくらいなら、少しでも仮眠をとってから出向け、と教育された。

 

つまり、昼寝はぜんぜんアリという教えを頂いたわけだ。

 

集中力を欠いた状態や物事が常態化してしまっている場合、当然緊張感ややる気などというものは発揮されにくくなる。

 

人間にはロボットと違い、集中力やシナジーという、規則性の限界を超えることができる力を秘めている。

 

いかに同じような毎日を違う毎日にするのか、そしてどのようにi活き活きワクワクとして楽しむことができるのか。

 

自動車のクラッチにもアソビが必要。  仕事の中にも遊びの感覚が必要だ。

 

仕事をいかに楽しくすることができるのかはその人の考え方次第で決まるのだ。



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この記事へのコメント

1. Posted by ビールマン   January 09, 2010 08:36
5 >仕事をいかに楽しくすることができるのかは
>その人の考え方次第で決まるのだ。

確かにそうですよね、やらされ感か、そこに
楽しさを求められるか。

遊びも、仕事も「ワクワク」したもん勝ち!
リレキショまだ送ってません(笑)
2. Posted by 伊藤   January 11, 2010 15:27
ビールマンさん

コメントありがとうございます。

リレキショそういえば来てませんねぇ〜(笑)

仕事を楽しくすることは、すなわち人生を楽しくすることと同じです。

どれだけ仕事に自分の限りある時間を投入しているのかを考えてみれば分る事です。

仕事を楽しくして実りある人生にしたいものですね。

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