August 21, 2009

なんのために?

 

わが社の使命は≪思いやる心を持つ≫という基本的価値感を持って3つの誓いを全うすること。

 

三河で一番間に合う会社となり、物心共に満足できる会社となり、そして、三河が今より更に元気になるように貢献していることが、わが社のあるべき姿だ。

 

とっても地元密着型思考だ。

 

これは、わが社が鋼材問屋であるという業態から出ている発想と、何事も千里の道も一歩からであること、そして我々が生かされているのはやはり地元三河であるということを忘れてはならないということも常に考えたいということだ。

 

あるべき姿、つまりビジョンは企業の成長や方向性によって都度変わっても問題ない。

 

もちろん、その目的を達成するための手段を変えることだって、全くもって問題ではないと私は考えている。

 

ということは、ひょっとしたらわが社の価値感もいつの間にか『あれ? 変わった?』ということになるのかもしれない・・・。

 

 

わが社は60年以上ずっと鋼材畑一本で飯を食ってきた。

 

そうなのだ。 鋼材は手段なのだ。

 

そして営業戦略や戦術としての≪4つの間に合う≫を通して、目的を達成しようと考えている。

 

これも手段なのだ。 

 

手法と言うべきか・・・。

 

こういう言い方をしてしまうと、非常に冷めた言い方に取られてしまうかもしれないが、私だって鉄を愛しているし、自分の仕事に誇りを持っている。

 

別に、鉄をやめて明日からクレープ屋さんやラーメン屋さんを始めるわけではないのであしからず。

 

しかしながら、現業だけに固執してはならないと思うわけだ。

 

変化の激しい時代。 これからどうなるか分からないではないか。

 

可能性を求めてチャレンジし続けることはとても大事なことだ。

 

 

企業とは組織。

 

組織とは2人以上の目的を持って集まり集められた集団だ。

 

企業の目的とはより良い結果を求めること。 つまり成果を出すこと。

 

利益を出さなければ存在する価値はない。

 

ではなぜ利益を出さなければならないのか?

 

それは、とどのつまり ≪皆の幸せ≫ のためなのだ。

 

利益を出すことだけが目的であるならば、手段を選ばずにやり通すことは可能だろう。

どんな商売だろうが、商材を何にしようが、人に後ろ指さされようが、ルールぎりぎりで商売しようが、人件費を極限まで削ろうが、効率だけに注力すれば良いからだ。

 

でも人には良心がある。

 

だから、そんなことは無理なのだ。

 

 

私だけの幸せ、顧客だけの幸せ、社員だけの幸せ、地域だけの幸せ。

 

どれかだけではなく、全方向に均衡が取れて、達成できてこそ、企業の存在価値は高まっていく。

 

手段は目的達成のためにあるもの。

 

それを履き違えてはならない。。。

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

拡大

どーゆーのん?

 

 

 

先日、我が家への帰り道、前を走っている物体を見て驚いた。

 

車椅子が走っとる・・・

 

サイドカーじゃなし、不思議な乗り物だ・・・

 

 

 

 

車やバイクは本来は移動するための交通手段だ。

 

その上で、

 

◆移動する間の時間短縮を重視 → 速さを求める  

◆移動する間の乗り心地を重視 → 快適さを求める 

◆移動する間のコストを重視 → 燃費を考慮する   

 

など、

交通規則があるので、速さについて一概には言えないが、これらの要素が付加価値的に自分の求めている目的に合っているのか、また、どれかを満たしているのか、などによって商品選択、つまり手段を選択することになる。

 

また、移動手段本体の形状が好きであるだとか、とにかく初期費用をかけたくないから安ければ良い、などの価値感によっても手段選択は変わることになる。

 

したがって、本来の目的からすればその意図から外れていることにもなりかねないが、現代社会のように満たされた世の中になると、より多くの付加価値や価値観の多様化から、手段自体を目的とする傾向が強くなってきている。

 

食事にしても然り。

 

前回ブログでも少し触れたんだけど、ミクロレベルでいえば、本来は生きていくための手段。

ということは、健康や長生きの視点はどっかに置いておけば、タムチさんのようにシロメシと水だけでも、生きていけるのだ。(実際に生きている・・・    あ、たまに他のものも食べている・・・   かえるっ?)

 

だからこそ、手段を講じることやプロセスがより複雑且つ煩雑にもなり、またその選択肢の幅も広がっているため、自社の強みをより深く追求し、そして強化するための手段を選択しなければならないのだ。

 

ダイエットするための方法、女性は特に敏感で気になる話題かと思われるが、次から次へと新手が登場してくるねぇ。

 

これも手段が目的となってしまっている好例だ。

 

次々と登場してくる新手の方法に踊らされ、マーケッターたちの思う壺にドップリと浸かっては、痩せられないと嘆いている人がたくさんいる。

 

まーしかし、そういう人は滝行でもして少し頭を冷やしたほうが良いかもしれないね。

 

そもそも本当に痩せたいと思っているのだろうか?

 

『ぜんぜん痩せられな〜い』   のっしのっし(マンモスの動く音)

 

『あのサプリきかなぁ〜ぃ』    どすこいどすこい(力士のウォーミングアップ)

 

 

おめー、しっかり食っとるやないかっ! 動けっ! 歩けっ! そしてもっと働けっ!

 

 

若林くんが春日のおでこにツッコミを入れるがごとく、はたいてやりたくなるのは私だけ?

 

 

 

 

かすがっ

かすがっ かすがっ

 

 

(博多天神にて撮影)

 

 

 

ダイエット自体は手段であり、そもそも目的は何かと言えば、

 

≪美しくありたい≫

 

だとか

 

≪健康でいたい≫

 

というようなことだろう。

 

 

更に言えば

 

 

≪キレイになって異性にモテタイ≫

 

≪健康になって長生きしたい≫

 

という目的がもっとに深いところにある。

 

 

であるならば、その目的を達成する手段や方法は別にも探すことができるのだ。

 

 

べつにブーチャンでもええやん。     差別用語?

 

心の美しさがあるや〜ん。     区別擁護?

 

 

手法や方法に踊らされ、ダイエットという手段自体を楽しんでいるのだか、苦しんでいるのだか分からないが、そこに固執している限り本来の目的は達成できない。

 

何事も、まずは、

 

 

 

≪オレ(アタシ)何でこれやってんだっけ?≫

 

 

 

と原点回帰しながら自問自答を繰り返すことが、目的達成の近道になることになりそう・・・ だ。



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