June 14, 2009

わかってない

 

◆人生において成功を収めるとは一体どんなことなのだろうか?

 

金持ちになることなのか?

 

権力を持つことなのか?

 

有名になって名声を集めることなのか?

 

◆では、人生において幸せを掴むってどんなことなんだろうか?

 

やっぱり金持ちになることだろうか?

 

偉くなることか?

 

家族の愛に包まれることか?

 

◆何のために仕事するんだろう?

 

金のため? 食ってくため? 家族を養うため?

 

成長するため? 自己実現するため?

 

それとも、今の仕事がただ単純に楽しいから?

 

◆じゃ、そもそも人は何のために生きてるの?

 

生まれてしまったから?  仕方なく?

 

成功するため? 幸せになるため?

 

ん〜、何のために生きてるかなんて分かんない? メンドクサイから考えたくもない?

 

 

人によってどんな状態が成功者であるのか、また思い描く幸せな姿はどんな姿なのかは違う。

 

でも生き方とそこに関わる考え方にすべての根があるということは言えるだろう。

 

だから、何のために生きているのかという目的を定めている人や、生き方を考えて生きている人と、何の理由もなくただ、生まれたから生きているという人とでは幸せや成功の基準も違うし、得られる成果や結果も大きな違いとなる。

 

世にある成功哲学では、金や富が欲しいと強く思えば、それらは叶うものなのだ、というセオリーが一般的な概念だ。

 

強烈に潜在意識に及ぶまで強く念ずることが、無意識のうちに表面化する行動に結びつけるということで、そのこと自体は全くその通りだと思う。

 

しかし、こんなに強く念じているのにぃ〜、とか、紙にも書いて自分の部屋や便所にまで貼り付けて常に忘れないようにしてるのにぃ〜、などと言ってはナンデダ?ナンデダ?と不思議がっている人たちの方が圧倒的に多い現実がある。

 

そんな世の中に溢れる、成功していないと愚痴や不満ばかりたれている人を見ていると、一番大事な視点、それは自分以外の他に対する態度が全くなってないということに気づく。

自分に向けられるエゴばかりで、自分以外の人や物に対して、全くもって配慮と努力がない。

 

すべての基準が、自分にベクトルが向いているために、まさに≪我が我が≫の状態に陥り、まったくもって≪人様お陰様≫の精神が欠如している。

 

原因がそこにあることも知らずに。

 

いや、なんとなく分かっていても、実行することができていないのだ。

 

仕事で例えれば、給料がもっと欲しいと思えば思うほど、自分にベクトルが向いている人は、現実と理想とのギャップに愚痴や不満ばかりがつのって周囲にマイナスの細菌をまき散らす。

 

そもそもどうしたら、給料があがるのかなど考えず、人のせいにばかりして、努力をしようともしない。

 

権力が欲しい、もっと役職上位者になりたいと思えば思うほど、目先の自分の利益のことだけに囚われ、自分の意に反する結果が目の前に突きつけられていくことになる。

 

そして、また愚痴を言う。

 

愚痴や噂は必ずまわりまわる。 その伝染力はブタインフルエンザ以上のスピードだ。

 

自分のために吐き出した愚痴であっても、人のために使った金や思いやりであっても、必ずまわりまわって自分のところにかえってくる。

 

 

人は時間を消費して生きていく。

 

時間軸で人生をとらえれば、長い人生だが、人はその一番アクティブに、しかもより充実した時間を仕事に使っている。

 

だから人生の一部分が仕事というよりも、人生の大部分を仕事という枠組みの中で過ごすことになる。

 

なぜ仕事そのものを人生ととらえることができなんだろう?

 

1割2割の休暇を、より充実して過ごすためだけの手段としてしかとらえられない8割の人生に仕事を充てるなんて、バカバカしくてヘソで茶が湧いてしまいそうだ。

 

仕事を楽しめないのは人生を楽しめないことと等しい。

 

ポジティブシンキングですよ。

 

 

何を売るかなんて関係ない。

 

要は、会社やそこにいる人たちがなんのために生きるのか?という目的を持ち、それらを実現させるための目標を掲げ、そして実現させるためのプロセスを楽しむことが、すなわち人生を楽しむことにリンクしてくると思うわけだ。

 

私の仕事は、それらに対する環境整備を、ホウキンというそこに働く人たちの人生のステージにおいて行うこと。

 

 

 

仕事とは、人のために自分の時間や人生を消費すること。

 

お客様のため、同僚、上司、部下、取引関連業者、地域の人々、関わる人すべてだ。

 

ということは、究極の話が、自分の人生とは人のためにあるものだと考えられると思うのだ。

 

キレイ事は言えないし、言わない。

 

一個の有機的な体や、その体を持つ本能的意思を持った人間であるならば、自分の欲求に従って生きることは人間の本文だと思うし、それが業なのだとも思う。

 

でも、足るを知り、どれだけ自分のことを律することができるのかを常に考え、何のために生きるのかを考えることが、自分に与えられた、いや自分に課していくミッションなのだと思うわけなのだ。

 

自分の欲求に素直に生きるかわりに、他人に対しても素直に正直に生きる。そして尊重する。

 

片道切符じゃ絶対にいけない。  すべては双方向。  それが原理原則。

 

感謝して、信頼して、誠実に生きる。。。

 

 

 

 

無責任、不誠実・・・

わかっちゃいるけど、

 

 

心と体が『ハンピレイ』や『ムジュン』という化学現象を起こす今日この頃でもあるワタクチなのであった・・・

 

ということはやっぱ、わかってな〜い・・・

 

 

 

ネタがちょいと重かったかしら・・・



houkinkun at 12:00│Comments(1)TrackBack(0)clip!お仕事 

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この記事へのコメント

1. Posted by cincinnati bengals   March 27, 2016 00:12
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