February 07, 2009

フリーダムな男

 

小学校1年生の時、近所の幼ナジミの家に遊びに行った。

 

仮に一人っ子のF君としておこう。

 

そのF君とは別段仲が良いというわけでもなかったのだが、登校時に同じ通学班だったこともあって訪ねていった。

 

かと思う。  

 

ウルトラマンごっこか仮面ライダーごっこか、メンコだったのか、縄跳びしたのか、何して遊んだのか、そこら辺りは全く覚えてないが、鮮明に記憶に残っていることがひとつだけある。

 

3時から4時ごろの時間帯で、ちょうどおやつの時間っぽいタイミングだったかと思う。

彼は台所の冷蔵庫から、ヤクルトを凍らせた小さなプラスチックの容器とスプーンを持ってきた。

 

一人分だけ。

 

そして、私の存在など、まるでお構いなしに、凍ったヤクルトを躊躇することなく旨そうに食べ始めた。

私を放っておいて、再放送していた『山ねずみロッキーチャック』を見ながら・・・

 

(余談だが、私の中学2年生の時の担任だったS先生はロッキーチャックが大好きだった。もっと余談になるが、S先生は中学2年生の時、死に場所を求めて多米の山中を徘徊したことがあるらしい。。。)

 

 

そしてそのことはF君の親にとっても不思議な出来事ではなかった。

 

しかし私には、なぜ私にもヤクルトが出てこないのかが不思議でならなかった。

 

何か事情があったのかもしれない・・・

そんな風に勝手に自分に都合の良いように捉えて、理由をいろいろ考えた。

 

 

まだオレの分凍ってないのかなぁ・・・

ヤクルトたまたまなくなっちゃったから、別の何か支度してくれてるのかな・・・

まさか、母親同士仲が悪くてオレがいじめられてるぅ?  いやいやそんなことはないだろ〜 ・・・

 

 

しかし、結局、私が別の何かにありつくことはなかった。。。

 

 

時が経ち、小学校4年生。 F君と私は初めてクラスメイトになった。

 

そして、今度はF君が私の家に遊びに来た。

確か、私の母親は外出していて、私とF君の2人きりだったと思う。

 

しばらく何かして遊んだ後、なぜか私は、少しの間、彼の元を離れて彼をひとりきりにしてしまった。

なぜだったのかはさっぱり覚えていない。。。

 

私が彼のところへ戻ったとき、不思議な光景が目に入った。

 

彼の目の前に、みかんの皮が積み上げられた大きな山が出来上がっている。

 

ん?  

 

不思議に思った私は、彼にそれは何かと尋ねてみた。

 

そしたら、彼は、『ナニワのソフトこんぶ飴』と答えた・・・

 

じゃなくて、近くにあったみかんの箱を指差し、≪食べた≫と一言だけ口を開いた。

 

 

何個食べた?

 

10個。

 

 

 

・・・   ・・・   ・・・

 

 

 

 

じゅ、10っ個ぉ〜!?

 

 

その後、私の目の前にはビービー泣きじゃくるF君がいた。

グーで頭をゴチンとやった気がする。

 

 

4年生になっても彼は変わっていなかった。

ヤクルトの彼と基本的には同じまま。

 

彼はやって良いこと、悪いことを判別する基準を持っていなかった。。。

 

 

さて、小学4年生のくせに、そこそこ大きなみかんを10個も食べてしまうほどの胃袋になってしまったのはなぜか!?

 

ではなくて、

 

■ そもそも彼の行動には問題があったのか? 

■ もしあったのならば、その原因はどこにあったのか?

 

賢明なみなさんならば、分からないなんて人はいないと思うが、もしも分からないのならば、その人はもうすでにモンスター製造マシンになっている可能性がある。

 

ひょっとしたら、私も突然変異してモンスターになってしまっている可能性はあるが、ありがたいことに良識ある親の下で育って良かったと思っているし、小学生でF君に違和感を持てた人間に育ててくれて感謝している。

 

オトータマ、オカータマ  アニガトー

 

鈍感力はある程度必要だが、鈍さとは鋭さがあってこそ、役に立つサプリメントのようなものだ。

 

鈍感なだけでは人に迷惑を掛けるだけだし、他人の喜びや幸せ、苦労や努力を分かち合うことも出来やしない。

 

あなたは、あなたの傍にいる人たちのことをきちんと理解しているだろうか・・・?

 

自分は楽しいのに傍にいる人は辛い思いをしていないだろうか・・・?

 

 

 

 

ぶらんこ

 



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この記事へのコメント

1. Posted by Ari   February 09, 2009 12:26
すべてに共感します。
私も小学生の頃、友達と遊ぶ際は必ず母親から「今日は何人で遊ぶ?」と尋ねられ、3人と言えばx100円=300円を渡され、必ず「ひとりでジュースは飲んじゃいかんよ。飲みたくなったらみんなの分も出しなさいよ」と言われた事を今でも鮮明に覚えております。
決して裕福な家庭だったわけではありません。当時の月のおこずかいは500円程度だったと思います。小学生だった私は素直だったのか、母親の言うとおりにみんなでジュースを飲んでおりました。
そして成人となり、今に至るわけですが、両親をとても尊敬しております。感謝しております。
大人になればわかる事と思います。
私は決して頭は良くはありません。息子に勉強を教えるのも小学生までかな。でも、もっと大切は「道徳」は親として責任をもって教えていきたいと思っております。
そんな気持ちを再確認させていただき、ありがとうございました。
2. Posted by 伊藤   February 10, 2009 07:30
Ariさん

コメントありがとうございます。

Ariさんの友達でいたかった・・・
3人のうちのひとりに・・・
できれば毎日・・・

ヤクルト君のお母さんに、Ariさんのお母さんの爪の垢でも煎じて、青汁とノニジュースのミックスジュースにマセマゼして飲ませてあげたいぐらいですね。

私の子供たちが300円を一人で使い切ってしまう人間にならないように、これから毎晩お星様に祈ろうと思います・・・
3. Posted by cheap Mont Blanc JEWELRY   January 19, 2016 19:19
Hi there I am from Australia, this time I am viewing this cooking related video at this 鋼材屋だけに『てつ』の箱から脱出した社長のブログ:フリーダムな男 , I am actually cheerful and learning more from it. Thanks for sharing.

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