November 14, 2008

思いやる心(続・平和な家族)

 

あらっ、いつの間にか10万アクセスを超えておりました。

ブログ始めて1年ちょい経ちましたが、こんなしょうもないもんにいつもお付き合いいただきましてありがとうございます。

 

これからもしょうもなさを前面に出しながら、ほんの少しだけ仕事や会社の話を・・・

反対ですよねぇ〜。

分かってるんですけどねぇ〜。

気持ちと体が反比例いたしまして・・・

 

これからも、  それなりに・・・   メゲズニ更新していこうと思いますので、引き続き御贔屓によろしくお願い致します。。。  (・◇・)ゞ

 

 

さて、今回もまた、読む方によっては、最終的に、『 んで、結局何が言いたいわけ? 』という仕打ちが待っている可能性大ですから忍耐力のある方だけ読み進めてくださいませ。。。

 


 

なぜそんなこと言うんですか?

 

それ言ってあなたのためになりますか?

 

彼、彼女のためになるのですか?

 

客観的事実を相手に押し付けて、『 あなたは分かってないので教えてあげます 』とばかりにおこがましくも皆をリードしながら旗でも振っているのですか?

 

 

 

 

もてない男の三大要素(たぶん、完全なる私見・・・)

 

チビ、デブ、ハゲ。。。

 

もてない女の三大要素(おそらく、ものすごく完全なる私見・・・だから気にしないでください)

 

デブ、ブス、ババア。

 

容姿は、人によっては視力や、物事の捉え方や好みなどの主観的要素によって見え方が変わることはあっても、ここ地球上であれば、客観的要素は絶対に変わりません。 

体積や容積や細胞や分子や遺伝子の量は変わらないし、主観的に見てどのような姿であるかを判断するのは、勝手に自分の価値観で、勝手な脳みそを働かせているだけなのです。

 

久しぶりに会った彼、彼女に、

『 お〜い、老けたなぁ〜 』  『 君ぃ〜、禿げてるねぇ〜 』 『 どんだけ、ブっサイクやねん 』 『 われ、なんぼほど太ってんねん 』

 

こんなこと言って誰かが得をするのでしょうか?

 

ただ、ためらいもなく、他人にこんなこと言う人に限って、大体が悪気がありません。

優越感を感じている様子も別にない。 相手を傷つけたくて言っている様子でもない。

深く考えることもなく、簡単に言ってしまっているだけという場合が多い。

 

だからそれを、忠言したところで、

『 じゃぁ、オレにもそんな風に言っておくれ! 』

ザッツオール。 それでおしまいです。

 

悪気はないのですが、相手がその事実をどのように捉えているのかという気配りにかけるのです。

相手が、デブだブスだを気にしているのか、気にしていないのかなんて、まず分かりません。

人の心の内面なんて簡単に分かるもんじゃありません。

 

したがって、それらのことを、さらっと平気で言ってしまう人は、気付かない、気が利かない、思いやりのない鈍感な人なのだということです。。。

 

 

 

素直で、元気で、行動的で、礼儀正しく、心が美しい。

こんな人になれたら、どんなにすばらしいことでしょう。

 

こういうことを実践できている人は、内面から湧き出るエネルギーによって見た目だって美しく見えるもんです。

 

見た目云々吹っ飛ばして、ゼッタイに人として、モテモテになることでしょう。

 

人の価値観は多様であることは間違いありません。

 

ブサイクよりは見た目が美しいほうが良いとは思いますが、それだけではないという基準を持った人だっていくらでもいます。

髪の毛だってあったほうが良いとは思いますが、なくたって全くかまわないという人だって私のまわりにいくらでもいます。

 

だから、自分の価値観を他人に押し付けたところで、また、その価値観と合わない人に熱を込めて語ったところで、彼、彼女の心には全くもって通じないし、響きません。

逆に、無理に価値感を押し付ければ、ひょっとしたら、敵意を持たれるだけ、もっと言えば、殺意に変わってしまう可能性だって大いにあるのです。

 

では、敵意や殺意を抱かれなくなるなるようするにはどうしたら良いのでしょうか?

 

誤解を恐れず、結論を簡単に言ってしまえば、個人レベルでの間柄であれば、相手を気遣う 『 思いやり 』 が必要なのであり、集団であれば、 『 価値感 』 を共にする仲間や同志になってしまうしかありません。

 

ある目的や目標を持った2人以上の集団。

その集合体を 『 組織 』 と言います。

 

だから、共通の目的や理解を共有しなければならない場合や、その目的やビジョンの達成に向けて、皆が団結しなければならない、またそう認識している組織下にある場合は、同じ価値観を持たなければならないのです。

 

そして、その組織内での価値観や理念が共有されて、それが引き継がれていく土壌には組織内の一人ひとりに相手を気遣う、思いやりの心がなくてはなりません。

 

押し付けではなく、情熱を持って皆が語り合い、お互いに理解し合い、そして効率よく行動していける環境があれば、目標を達成するための大きな力となります。

 

 

 

他人を気遣う、思いやるとは、相手の立場に立ってこそ、始めて成立するもの。

自分の立ち場や考え方で相手に働きかけたり、行動したところで、それは独りよがりで、独善的な行動に過ぎません。

 

だからこそ、共通の価値観や理念や行動指針が必要なのです。 

 

まさに 『 価値感 』 と 『 思いやり 』 の循環。

 

したがって、共通の価値感から外れた行動は、どんなに頑張ったところで、空回りしているという結果をもたらせば、結局は独りよがりな行為なのです。

そして、どこまで行っても、残念ながら、皆からはきっと 『 勘違い 』 や 『 ありがた迷惑 』 としか言われることはないでしょう。

 

自分の努力や意図に反した結果に失望したってしょうがありません。

 

認識や価値感を共有しなければボタンは掛け違うだけなのです。

 

だからこそ、組織を構成する一人ひとりが、目的意識や成就しなければならない目標を掲げ、同じ 『 価値感 』 と 『 思いやり 』をもって、共に努力、精進しなければならないのです。

 

 

 

ということで、私は、頑張って今日からオクサンにも、ちゃんと 『 感謝 』 と 『 思いやり 』 をもって 『 ありがとう 』 と言える人になるぞっ・・・ 

 

と、

 

いつも思っているのですが、本人を目の前にすると、『 感謝 』 や 『 思いやり 』の気持ちがオートマチックに 『 ドアホゥ 』 という言葉に変換されてついつい口から出てきてしまうのですが、こんな私は病気なのでしょうか・・・

 

 

≪ 明るい豊かな家庭生活の実現 ≫

 

 

をというビジョンを通して共通の価値観を持ち、≪平和な家族≫でありたいと思うのであります。

 

どっかで聞いたような、見たようなフレーズだなどと言わないで下さい。。。

 

ちなみに、『 明るい家族計画 』 とは違います。

 

壮大なビジョン達成に向けて、価値感を共有して、思いやりをもってオクサンに接して・・・

 

 

 

 

 

 

・・・   なかなか理解されないんだよな・・・  

・・・   いいじゃん、もうちょっと遅く帰ってきたってさっ・・・

・・・   いろいろとお付き合いだってあるんだしさっ・・・

 

・・・   共通の理解がヒツヨーなんですョ

 

 

 

ん? 会社のことだと思った?

それはそれでモチロンでっす!!



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この記事へのコメント

1. Posted by 毛も抜けるほどがんばる餃子屋   November 14, 2008 16:13
そうだ!

そのとおりだ!

僕なんか、話してる相手の目線がチラッとでも上の方に動いただけで、帰ってからリスカを繰り返しています。

そんなことは誰も分かってくれないのでしょう。

それを誰かに言うこともなく、ただ黙って毎日暗闇でリスカ。

奥方様にも気づかれていません。
奥方様は「出会った頃からそんなんだったよ」
と慰めてくれます。

そんなんだったよ・・・

そんなん・・・。

_| ̄|○。。。



こどもちゃれんじの包丁リスカ用につくられているのです。

2. Posted by 田原工業   November 15, 2008 07:29
祝!10万アクセスおめでとうございます。

この調子で100万、1000万とがんばってください!

これからも楽しいブログ期待してます。
3. Posted by 伊藤   November 17, 2008 16:40
毛も抜けるほどがんばる餃子屋さん

コメントありがとうございます。

そうですか、そうだったのですね。

さぞ辛い日々を送ってこられたのでしょう。

まぁ、しかし人生そんなもんです。

そんなも・・・
4. Posted by 伊藤   November 17, 2008 16:44
田原工業さん

コメントありがとうございます。

>この調子で100万、1000万とがんばってください!

えいぃぃ〜  by 内場勝則 

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