July 09, 2008

夢路いとし 君は小石?

 

どら

 

ドラえもんの秘密道具に『石ころぼうし』というアイテムがある。

 

この帽子を被ると、姿は見えるものの、周りから一切認識されなくなる。 

道端に無数に転がる誰も気に留めることのない石ころのようになってしまうのである。

 

要するに取るに足らない、価値を見出されない存在となる。

 

子供の頃、透明人間になったらどうするぅ?  なんて今となってはしょうもないなぁと思うような仮想の世界を夢見ながら、本気でお友達同士で議論を白熱させたもんだ。

そりゃもぉ、あんなことして、こんなことして、ウシシシシィ〜 グヘヘヘヘェ〜 ・・・

 

この段階での子供同士の会話には、コミュニティーの存在や、他人との関わりなんて概念は、脳みその中に1ミクロンもありゃしない。

だから、透明な状態がずっと続いたらどうする?なんてところにまで議論が及ばない。

 

石ころぼうしは細かく言うと透明人間とは違うが、同じような効果は期待できる。

しかし、決定的に違うのが、透明人間は、存在が全く気付かれないのに対し、石ころぼうしは、基本的には被っていても目に見える存在であるところだ。

だから、まさに石ころのように扱われるのである。

したがって、目立つ石ころが蹴り飛ばされるのと同様、邪魔に感じられれば、蹴り飛ばされる。

 

ドラえもんのストーリーで、すばらしいところは、道具を通して夢や希望を子どもたちに与えるのと同時に、物事の本質的な部分を、本質的に弱い動物である人間、つまり我々とのび太の行動とをダブらせることによって、様々なことを教えてくれるところにある。

のび太の存在は実は我々であり、反面教師として、また勇気を与えてくれる存在として、気付かないうちにいろんなことを教えてくれている。

 

石ころぼうしにはきちんとオチがある。  

一通り、好き放題したのび太には天罰が下る。

小さめに出来たその帽子が脱げなくなってしまうのである。

 

このまま誰にも気づかれずに一生を終えるのか・・・  と疎外感と寂しさが急激にのび太を襲うことになる。

結局、汗やママからかけられた水などで帽子は脱げるが、最終的にのび太が陥った状況と、感情こそが重要で、この部分がなかったら、石ころぼうしの話の存在価値はない、、、と言っても過言じゃないと思う。

 

 

ドラの冷めた表情に注目

 

 

人は人とのつながりの中でこそ生きていけるし、誰かに自分が存在する価値を認めてもらえないと、生きていけない。

 

 

秋葉原で起こった殺人事件。 被害者の数うんぬんは別にして、同じような事件はここ数年で確実に増えている。  

原因や要素を確定するわけでもないし、偏った見方をするわけでもないが、孤独感や疎外感がひとつの要因にもなっていると思う。

 

殺人を犯した理由としては全くもってトンチンカンでそんなことで人殺すな、バカタレ!と言わざるを得ないが、殺人者の言い分として、よく出てくる『自分なんてどうせどうでもいい存在だ』 『目立ちたかった』 『見返してやりたかった』 などという言葉から察するに、自分の存在価値を示したかったという心理状態がそこに介在していることは間違いない。

 

だから、社会の中での人間同士の関係やつながりが希薄になっていることは否めないし、今後もその状態が進行すれば、正比例して歪が大きくなるのも間違いは無い。

 

 

デール・カーネギーさんの本に『人を動かす』という超ロングセラーがある。

自己啓発書の元祖とも言われる名著で、その中でのキーワードとして、≪人に重要感を与える≫ということが著述されている。

 

あなたにはあなたにしかない価値がある。

 

親としても、上司としても、グループのリーダーであっても、人を導く立場にある人は意識しなければならない大事なこと。

 

ケッシテ石ころぼうしを被らせたり、被せるようなことがあってはいけない。

そして、ジャマだからと言って蹴り飛ばしてもいけない。



houkinkun at 14:08│Comments(2)TrackBack(0)clip!テキトー放談 

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この記事へのコメント

1. Posted by 夏目家の兄   July 09, 2008 20:56
会社にドラえもんを持ち込んで、人知れずスキャンしてる姿を想像してしまいました。。。
2. Posted by 伊藤   July 11, 2008 09:13
夏目家の兄さん

コメントありがとうございます。

マンガは会社に持ち込んでおりませんが、やるなら人知れずではなく、堂々とスキャンさせていただきます。

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