November 2010

November 30, 2010

見学会やりました!

 

先週の26日、中産連さん主催で弊社の見学会を行いました。

 

 

 

見学会1



 

みんな環になって朝礼して、

 

 

 

 

 

 

 

 

見学会2



 

私が2時間程、勝手なことをウダウダと独り言でしゃべり、その後に、私と社員が質問攻めにされて苦しむという拷問の時間が・・・

 

いやいや、冗談です。

 

とても有意義な時間になりました。

 

 

 

 

 

見学会3



 

ご参加いただいた皆様ありがとうございます。

 

チョー楽しかった!

 

 

 

お客様が来ていただけることにワクワクする、楽しい、うれしい、と言ってくれる社員のみんなに本当に感謝です。

 

 

 

当日の朝、出社してビックリしました。

 

下駄箱がない・・・

 

社員用の下駄箱が裏口の方にありますが、いつもあるところにあるべきものが見当たりません。

 

そしたら、正面の玄関に移動されています。

 

あんなに重く、でかい下駄箱が。

 

で、よく見たら、いつもなら社員の名前が入っているところに参加者の名前が入っています。

 

WOW!   ワオーです。

 

 

 

 

 

 

受付看板

さらに、ふと、傍らを見るとこんなものがあります。

 

鉄でできています。

 

前日作ったらしいです。

 

にゃおー  がおー

 

もう意味がわかりません。

 

ヒマ?

 

鉄を切った加工課の高倉は一度家に帰ってから呼び戻されたらしいです。

 

ヒマ?

 

いやいや、そんなことを真剣にやっちゃう彼、彼女たちが私は大好きです。

 

 

 

参加者でこう言っていただいた方がいらっしゃいました。

 

【いつもと違うことをするのは、飾っている、よく見せようとしている】

 

 

 

確かにそうかもしれませんね。

 

こういうご意見はありがたいです。

 

考える機会を与えてくれる。

 

ただ、私は飾り立てろなどとは一言も言いませんし、いつもと違う自分たちを見せようね、などとも言ったことがありません。

 

なぜなら、【箱】の考え方がそもそも、そこに反するからです。

 

私は、いつもなるべく自然体でいたいと思っています。

 

だから、そういう社風になります。

 

礼儀を知らない、マナーを知らない、ないない尽くしで教えをいただくこともたくさんあります。

 

知らないことは教えてもらい、ありがとうです。

 

できていないことは、素直に謝ってごめんなさいです。

 

そうやって私を含め、社員と一緒に成長していきたいなと思っています。

 

私はそれが当たり前だと思いますが、世間にはそうは思わない人もたくさんいます。

 

 

私は、私と同じように感じてくれる、そして感じて行動してくれる社員のみんなが好きです。

 

お客様が、せっかく来てくれるのだから、気分良く過ごしていただきたい、ただそんな気持ちで動いてくれたのだと私は思っています。

 

何も構わず、何も動かない社員と働く経営者たちより、余程私は誇らしい。

 

そもそも格好悪いんだから、格好つけても大して格好よかない。

 

ん?背伸びしちゃったか?

 

ま、それならそれでええわ。

 

格好いいと思っちゃってる人よりも、格好つけようと頑張っちゃってるほうがかわいらしいもんだ。

 

 

 

箱の考え方には大原則がある。

 

【自分ができないことはしない】ということ。

 

自分が、自分たちができる範囲でやれることをする。

 

でなけりゃ、そもそも人は行動できない。

 

 

わが社は外食産業でもなければ、ディズニーランドでもありませんので、どこまでどうすれば良いかなどと考えていません。

 

ですから、できないことはたくさんあります。

 

気がきかない、気付かないこともたくさんあります。

 

しかし、相手に対し、自分以外の人に対しての心の持ち方はどちらにせよ伝わります。

 

表面上の行為行動は学べば良いことですが、心の持ち方は選択するものです。

 

表面上の行為だけを取り繕っても、それは思いやりある行動とは呼べません。

 

私は社員たちのやってくれたことを純粋にうれしいと思います。

 

それだけです。

 

細かい事なんて要りません。

 

私の講演の後、社員たちの質疑応答の時間がありました。

 

ベテラン、中堅、新人、という括りで選抜3人にしゃべってもらいました。

 

質問内容を詰めたわけでもありませんし、お手本のような素晴らしい回答をよろしくと、シナリオを描いたわけでもありません。

 

隠したところで辻褄が合わなくなることにも意味がありませんし、私は、別に何を社員たちがしゃべっても構わないと思っていますので、好きにしゃべってちょ、とそれだけです。

 

でも、私は、みんなの語る言葉に感動しました。

 

涙をおさえるのに必死ですよ。

 

私が報われる瞬間というのは、ああいった時間にあるのだと思います。

 

純粋にうれしい。

 

辛い思いだけで経営をしてきたわけではありません。

 

どうせなら楽しく行こうぜ、と社員に言っている張本人なわけですから、私自身が楽しんで働き、生活したいと思っています。

 

ですが、壁にぶち当たります。

 

悩みもします。

 

感情の動物ですから、怒れます。

 

悲しくなります。

 

我慢することもあります。

 

そして、そういったことをすべてひっくるめて感動します。

 

自分のしていることは間違っていないと確認できる時間です。

 

 

感謝すること、他人を思いやること。

 

大事です。

 

人間なんだから。

 

わが社の朝礼はどなたでもご参加いただけます。

 

何回来ていただいてもかまいません。

 

朝から笑えます。

 

ただ、時間が早いです。

 

うちは伝統的に朝が早い。

 

でも、早起きはいいもんですよ。

 

早いと思えば早い、そうでもないと思えばそうでもありません。

 

そりゃそうだ。

 

慣れです。  習慣です。

 

 

ということで、いつでもどうぞ。



houkinkun at 12:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!会社のこと 

November 29, 2010

積年の恨み

 

先日のニュース。

 

「冷蔵庫の中にあった大根おろしを娘が勝手に食べた」と立腹し、長女を包丁で殺害しようとしたとして、兵庫県警網干署は22日、姫路市網干区浜田、無職粟田冨男容疑者(82)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。

粟田容疑者は「包丁は脅かすために振り回した」と容疑を否認しているという。

発表によると、粟田容疑者は22日午前10時40分頃、自宅で包丁(刃渡り42センチ)を振り回し、無職長女(55)を殺害しようとした疑い。長女も近くにあったつえ(長さ約1メートル)を振り回して逃げたため、けがはなかった。粟田容疑者の妻(78)が110番し、署員が粟田容疑者を取り押さえた。

  読売新聞

 

 

 

 

 

 

おのれぇ~ きさまぁ 

 

 

 

大事な大根うぉろしうぉ~

 

 

 

まーいっぱいまーいっぱいと

 

 

 

たいがいにしとかにゃいかんわ・・・

 

 

 

 

 

わや

 

今晩のおかずのサンマが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルース

 

わやになってまったがやぁぁぁぁっっ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃこおろし?

 

 

 

 

えのきおろし?

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅で包丁(刃渡り42センチ)を振り回し

 

 

 

 

 

 

へ?

 

 

 

長くね?

 

 

 

ソード?

 

 

 

マグロの解体用?

 

 

 

何?

 

 

 

 

 

 

 

 

つえ(長さ約1メートル)を振り回して

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
黄正利
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
82歳 VS 55歳
 
 
 
 
 
 
 
 
親子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大根おろし・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いろいろと考えさせられる
 
出来事ではあるけれど
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
考えないでおこう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
つーか
 
 
 
 
あんまし考えたくない・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
しかし
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大根おろしの恨みは恐ろしい・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
気をつけましょう~


November 25, 2010

穴と穴

 

人を呪わば穴二つ。

 

人を陥れようとすれば、自分にも悪いことが起こるぞというたとえのことだけど、では、この穴が一体何の穴なのかご存知だろうか?

 


鼻じゃないよ。

 


墓穴だ。

 


人を呪い殺そうとすれば、因果応報、必ず報いで自分も殺されてしまうので、墓穴が二つ必要になってしまうということ。

 


おそろしい話だ。

 


この【墓穴】は、身を滅ぼす原因を自分から作ってしまうことのたとえで、他にもよく用いられる。

 


シンプルに【墓穴を掘る】ってやつだ。

 


掘っている姿を想像すれば、当然ながら非常に滑稽なもんだ。

 


なぜなら、そうと知らず、自分が意図しない自らの死を選択し、せっせと自分が死にゆく段取りを整えてしまっているのだから。

 


しかし、残念ながら、この墓穴を気付かないうちにせっせと掘ってしまっている人はかなりいる。

 


私も含めて。

 


本人には自覚がないんだから、これは非常にタチが悪い。

 


箱も入っていると自覚がないことが多い。

 


だから、箱はいかん。

 


私ぐらいの箱の常連さん、通称:箱マスターぐらいになるとだいたい入ってるのがわかるんだけどね・・・

 

 


でも出ないけどね・・・      フッ・・・

 

 

 

 

・・・


 

 

 

誰かに対して負の感情を抱くとき、つまり、怒りや恐れ、蔑み、憎しみなどの感情を持った時、どのように自分や周りに影響していくのだろうか。

 


人を憎んだ時、私たちが得るものは何だろうか。

 


嫌いな人に対して持った負の感情は、周囲の人にも必ず伝わり、ついでに広がっていってしまう。

 


職場でいえば、フキゲン菌を撒き散らすことになる。

 


フキゲン菌は伝染する。

 


そして、大抵はその嫌いな人を避けるようになる。

 


自分の中でどんどんその人に対するマイナス感情が膨らみ、さらにどんどん心は捉われていく。

 

その人からは物理的に離れ、逃げられたとしても、自分の内側にある感情からは逃げられない。

 


捉われ、囚われ、捕らわれ、みないっしょ。

 


自分からはどうやっても離れられない。

 


幽体離脱?

 


特に関係性の近い人間関係の中で、負の感情をそのままにしていることは百害あって一利なし。

 


なぜなら、身近なので意識しなくても、顔を合わせてしまうから。

 


なのに、家族、会社の同僚、親しい友人などに対して負の感情を持ち続ける。

 


物として見続けるわけだ。

 


邪魔なヤツ。  邪魔な物。

 


そして、意識しないようにすればするほど、頭の中はそのことでいっぱいになって行動にあらわれてしまう。

 


感情は相手に伝わってしまう。

 


周囲にも影響し始める。

 


人はマイナスの感情を持ち始めると、中々プラスの感情を持つことができなくなる。

 


前と後ろを同時に向けないのと同じように、人は同時に正負二つの感情を持つことができない。

 


だから、自分の生活においてもあらゆる面で影響し始める。

 


仕事にも熱意なく、集中力もなくなり、非効率になり、生産性はどんどん下がる。

 


当然、成果も出なくなり、達成感もなく、上司に叱られイライラが増していくというような悪循環が繰り返される。

 


人を許さないのは自分を許さないことに等しい。

 


せっせと墓穴を二つ掘ってしまっている。

 


必ず相手に対する負の感情の大きさに比例して、自分の心も体も苦しむことになる。

 


そして悩む。

 


逆もまた真なり。

 


相手に注ぐ正の感情が、自分の心も体も喜ばせることになる。

 


チョー楽しくなる。

 


ゴキゲン君になれる。

 


情けは人の為ならず。

 


この言葉の本当の意味を御存じ?

 


親切にしたり、優しくしてあげることは相手が甘えることになるから、やめたほうがいいよ、というような意味ではない。

 


人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってきますよ、ということが正しい使われ方だ。

 


結局は自分のためであるということ。

 


ということで、人を憎んで得られるもの。

 


それは墓穴。

 


箱はさしずめ棺桶か?

 


そして、人を好きになると、得られるもの。

 


それが情け。

 


自利利他の精神は決して決して難しい事じゃない。

 


ああしてあげよう、こうしてあげよう、何かしてやろう、なんて無理に考えなくてもいい。

 


シンプルに、相手を人として見ればいいだけだ。

 


自分と同じ人として見る。

 


だから自分のことが好きになれば、相手のことも好きになる。

 


世の中のすべて事柄はバランスで成り立っている。

 


捉われない。

 


許す。

 


相手も自分も。

 


穴から出る、じゃなくて箱から出る。

 


穴は入っちゃいかん。

 


棺桶もやばい。

 

 


だから、取り返しがつかなくなる前に穴掘るのやめましょう♪



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November 22, 2010

迷い

 

先日、ある人の講演会で話を聴いていて、途中で非常に違和感を感じた。

 

何に違和感を感じたのかというと、その人がある言葉を濫用していたからだ。

 

やたらに 『実は』 という言葉を用いて話をするわけだ。

 

大して核心をついてもないのに 『実は』 と言うもんだから、何だか私も実はですねぇ・・・ って  おっと!うつってしまったじゃないかっ。。。

 

『実は』 の後は、へぇ、そうなの? なるほどねぇ〜 って流れになるのが妥当でしょ。

 

人を迷わせてどうするっちゅーに。

 

 

 

接続詞の重要性。

 

みなさんは、意識して使ってる?

 

私はそこそこ意識しています。

 

 

 

言葉と言葉、文章と文章をつなぐ。

 

脳みそで言えば、ニューロンをつなぐシナプスのようなものだ、って言ってもよくわからんよね。

 

ま、大事だということだ。

 

接続詞を大事にすると伝えたいことが明確になる。

 

接続詞の後に来る話の内容が、順接にしろ、逆接にしろ、最も伝えたい内容になるからだ。

 

それから文章にリズムができて、読み手に理解を促す作用がある。

 

接続詞を入れることによって、話にメリハリがつく。

 

何よりも、接続詞を強調することで、相手に今からしゃべることのほうが、言いたいことなんですよ、ということを伝えることができる。

 

 

 

私が一番気をつける接続詞が、 『つまり』 だ。

 

『何が言いたいかと言いますと』 と口癖のようにしゃべる人がいる。

 

『つまり』 も、前後の言い換えなだけなんだけど、『つまり』 の後にくる会話は、より核心的で、聴く側の理解を得られるような内容でなければならない。

 

じゃなければ、『詰まってない』 からだ。

 

同じような言葉に 『すなわち』 があるけれど、これを日常会話で使うとなぜか嫌われる。

 

どうも、≪わかっちゃってる感≫ を漂わせてしまうかららしい。

 

あぶないあぶない。。。   気をつけよう。。。

 

 

 

で、 『実は』 ・・・

 

『つまり』 も 『すなわち』 も辞書だと名詞や副詞になっていたりする。

 

学校の教科書的には、接続詞として教えていて、辞書だと副詞。

 

 

 

 

迷うよね

 

 

 

 

副詞だって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

ふくし

 

いろいろと迷ってるよね

 

 

 

 

 

 

ご結婚おめでとう

 

 

 

 

 

 

お父さん

 

 

 

 

 

 

来年ガンバ

 

 

 

 

 

 

さらばじゃ

 



November 19, 2010

健康奉祀

 

徒然なるままに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

753

七+五+三で

 

 

 

 

 

 

十五です

 

 

 

 

 

 

別に

 

深い意味はありません

 

 

 

 

 

 

わかるかな?

 

 

タイトルの深みが・・・

 

 

奉祀・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健康的に

 

 

 

お灸1

 

お灸をすえてみる

 

 

 

 

 

 

 

健康的にね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お灸2


 

じっと耐える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おおっ!

 

 

 

 

 

 

 

財布ひも

 

 

 

財布にチェーンがついたぞっ

 

 

 

 

 

 

むひょ〜

 

かっくいい〜

 

 

 

 

 

 

 

携帯ケース


 

携帯ケースできたぞっ

 

 

 

 

 

 

がおぉぉぉぉ〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯ケース2

 

ん〜

 

ステキ〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫁財布

 

嫁さんの財布もできたぞっ

 

 

 

 

 

うひょひょ〜

 

 

 

 

 

いかしてるぅ〜

 

 

おれもほし〜

 

 

 

 

 

ってまた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お灸3

 

今度はキーホルダーがほしいんだって・・・

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

あだったま

 

ありがとぉ〜

 

 

 

 

 

 

みきちゃん

 

ありやとぉ〜

 

 

 

 

 

 

豊橋来てくれた〜

 

 

 

 

 

 

 

HP

 

さらにかっちょよくなったど〜

 

 

 

 

 

 

 

キャンディーズ イン 豊橋

どうもね〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同居中の

 

やんもー

我が家のヤモリくんです

 

 

 

 

 

 

わかりにくい?

 

 

 

 

 

 

 

夫婦で2匹あらわれます

 

 

 

 

 

 

 

親子かな?  

 

 

 

 

 

 

 

兄弟かも・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々に

 

徒然てみました

 

 

 

 

 

 

兼好的にね・・・

 

 

 

 

 

 

では

 

 

 

 

 

 

良い週末を

 

 

 

 

 

 

ごきげんよう



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November 18, 2010

WOW!

 

箱が浸透していくと

日々感動が増えていく

 

 

人を喜ばせたくなる

 

 

喜ばせることが喜びになる

 

 

自分以外の他者に

目が向くようになる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おめでとう


 

 

 

 

社員たちが書き込み

仕入先の担当者に送ったFAX

とそのお礼

 

 

 

じ〜ん

 

 

 

自己中ではなく

 

 

 

自分以外にベクトルが向き始めると

感謝が増える

 

 

そして思いやりに変わる

 

 

人を人として見ることが

思いやりの心

 

 

 

 

どうしたら人が喜ぶのかを

誰もが知っている

 

 

なぜなら

自分がしてもらってうれしいことを

すればいいだけなのだから

 

 

それが相手を自分と同じ

人として見るということなのだ

 

 

みんな同じように知っている

 

 

人に何をしてあげるべきかを

 

 

その心の声にしたがうこと

 

 

それが箱から出るということ

 

 

そして行動すること

 

 

そうすれば

箱から出続けることができる



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November 16, 2010

キーワードはゴキゲンだっ

 

マブダチ西やんがブログで紹介してくれています!

 

  26日見学会  !!!

 

 

中産連の担当、小橋川さん曰く、続々と応募が増えているみたいです。

 

ありがたいですねぇ。

 

来週金曜日。    楽しみです。

 

 

【箱】を通したご縁。

 

最近、まさに、ずっと【箱】に入っていたら、なかなかできないであろうご縁をたくさんいただきます。

 

本当にありがたいことですね。

 

 

うれしいことも悲しい事も、すべてはつながりの中にあります。

 

 

【人生は人間関係の中にある】

 

 

問題は関係性の中にしか生まれません。

 

すべての人において、その人個人に問題はありません。

 

どんな人においても、どんな生き方をしようが、その人が本来持っている価値を否定することはできません。

 

しかし、問題や障害というものは、お互いが相手をどう見るのかという価値観の違いの中に生じてしまいます。

 

【箱】から出るということは、相手を見る視点を変えることであり、相手も自分も相違なく、同じく人であると認識することです。

 

 

古代ギリシャの哲学者のアリストテレスさんは、人間は社会的動物であると言いました。

 

人間である限り、社会の中でしか生きていくことができないということです。

 

また、一人で社会を形成することはできません。

 

つまり、人は一人では生きていけないということです。

 

ということは、

 

 

【人生は人間関係である】

 

 

人間関係こそが人生そのもの。

 

 

人間関係が人の人生を物語る。

 

人脈がその人を司る財産になるということはよく言われることです。

 

浅く広くか、狭く深くか、そのどちらもか。

 

いずれにせよ、関係そのものがその人個人をあらわすことになります。

 

死んだときにきっとわかります。

 

自分はどんな死に方をしたいのか。

 

ん〜、くらいな。。。

 

でも、死を考えることは生を考えること。

 

人生を考えること。

 

人間関係を考えることは人生を考えること。

 

箱を考えれば人間関係を考えることになります。

 

ということは・・・

 

 

私は【箱】を考えるようになってから、人生を深く考えることになりました。

 

だって、そういうことだから。

 

それが必然だから。

 

 

日々の生活の中で、生かされていることを感じずに、惰性でいろんなことに流されながら生きてしまっている人は、かなり多いです。

 

多くの人や物事に感謝することもなく。

 

感謝なくして他人対して思いやりは生まれません。

 

思いやりは人を人として見る心。

 

感謝と思いやりは連鎖します。

 

 

 

わが社の朝礼でそのことを感じてもらえたらうれしいな。

 

 

 

社内の人間関係、組織内での人間関係。

 

そこでの人間関係を考えることは、属する人たちの人生そのものを考えることになります。

 

そして、人間関係が良好になれば、人生が良好なものになります。

 

ゴキゲンな職場、ゴキゲンな人間関係、ゴキゲンな人生。

 

 

  ゴキゲンなホウキン

 

 

百聞は一見に如かず。

 

あなたの職場が劇的に変わる可能性があります。

 

26日、是非見に来て感じてください。

 

私の話も聞いてくださいな。

 

 

【箱】の良さは、感じることができることにあります。

 

ロジック自体は非常に完成された素晴らしいものですが、左脳で考えておしまいというものでは決してありません。

 

そのレベルで終わってしまっている間は、箱の本質を捉えたことにはなりません。

 

私はぶっちゃけ、本を読んでわかったつもりになっていましたが、全然わかっていませんでした。

 

箱セミナーは、それら足りないものを補完して余りあるものです。

 

感じることができるからです。

 

 

【箱】を知ると本当にその人を包む何かが変わります。

 

独特な空気感を漂わせ始めます。

 

尖ってなく、ギザギザしていなく、やわらかく、丸い感じ。

 

 

そして、それを感じることができる座談会があります。

 

ずばり、

 

【箱会】 。

 

弊社の社内でも毎月定期的に行っていますが、冒頭の西やんの事務所でも不定期的?に行っています。

 

しかーし、これから定期的?に行いたいと彼が申しております!

 

もちろん、毎回私も参加しています。

 

単純に楽しいです。

 

で、【箱会】は西やん流に言えば、【ダメな大人のヒドイ話】をする場であると・・・

 

詳しくは、これまたブログで紹介してくれていますのでチェックしてくださいね。

        ↓

12月18日 名古屋の箱会

 

箱を知っていても知らなくても、興味がある人もない人もどなたでも参加自由!

 

あ、お茶代とお菓子代だけかかります。

 

みんなでゴキゲンな箱の外を体感しましょう〜 ♪



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November 12, 2010

三河を元気に

 

中産連さん主催の26日の見学会、箱のファシリテーター仲間の佐藤しんちゃんも自身のブログとメルマガで紹介してくれました。

 

ありがたやありがたや〜

 

日常生活や組織内での【箱】にまつわるエピソードが満載で情報発信してくれています。

 

しかも、私と違って毎日・・・

 

スバラシイ・・・

 

要チェックです!!!

 

 

しんちゃんありがとぉ〜


 

 

わが社は鋼材販売を主力として、三河地域に大変お世話になっている。

 

コアバリューとして、『思いやる心を持つ』ことを信条とし、理念として、三河で間に合う存在となり、この地から元気を発信することにお役立ちできるようになりたいと考えている。

 

 

灯台下暗し。

 

家族でも何でもそうだけど、近い存在であっても意外と知らないことが多い。

 

自分の住むまち、お世話になっている環境、知らないことはいっぱいある。

 

三河についても例外ではない。

 

薄れていく歴史観、古くからのその土地の言葉、時代の変化と共に失われていくものはたくさんある。

 

名古屋にしても、三河にしても、愛知県の土着の言葉は、お世辞にも美しいとは言えないけど、生まれ育った地域の言葉だから、愛着がある。

 

 

 

私は、あまり長い時間テレビを見ない。

 

というより、子供がいれば、ほぼチャンネル権は彼らにあるので、見られない。

 

先日、テレビで、たまたまテレビをつけたタイミングで、秘密のケンミンshowという番組がやっていて、で、これまた、たまたま愛知県のことを取り上げていた。

 

で、さらに愛知県三河地方という言葉が出てきたので、そのままリモコンを置いた。

 

そこで、

 

 

三河地方南部の愛知県民はアイスの棒のことを『ほせ』と呼ぶ

 

 

ということが紹介されて自分の目と耳を疑った。

 

はぁ〜?   じぇんじぇん知りませんけど・・・

 

それを紹介した元F1ドライバーの中嶋悟さんは岡崎市出身。

 

で、テレビでインタビューを受ける人たちは、西尾市や安城市の市民が出ていた。

 

おいおい、じゃ、南部じゃないだろ、西三河じゃないか、そもそも南部をどの辺りを指して言っているかしらないけど、あえて言えば、豊橋市や田原市辺りのことじゃないか?

 

三河は東か西かで語ってほしいもんだわ・・・ 三河全体を指すなら愛知県南部だろ・・・  てな感じでいい具合に箱に入った。

 

そう言えば、最近、社内で≪奥三河≫も三河だぞ、的な会話が飛び交っているのを聞くにつけて、実は、ハッと思ったけど、まぁ、聞かなかったことにしておこうとひっそりと心のうちにしまっている。   

 

ま、わが社には、いざというときは、額田の山奥在住、清水というリーサルウェポンがあるから大丈夫だ。

 

営業所ならぬ、奥三河営業車ということで車店長になってもらえば、バッチリとソリューションだ。

 

 

しかし、西三河人たちは、驚いたことに、焼き鳥の串まで『ほせ』なんて言っている。

 

焼き鳥の串は串だろ?  アイスの棒は棒だろ?

 

というような疑問を抱きつつ、偏向気味の情報を流すんじゃねぇ・・・ などとさらに固い箱に入りつつ、テレビをしばらく見ていたら、豊橋方言研究会会長という人が出てきて、『ほせ』について説明をし始めた。

 

豊橋?

 

ということは、やっぱこの辺りでも使うってことか?

 

いやいや、38年近くこの地で生活してきたのに、おれは知らんぞ・・・

 

で、話を聴いていると、江戸時代の本にも記述されているそうで、元々は木の枝の先っぽの方というような意味だったらしく、へぇ、そうなんだ・・・

 

と思ったけれど、それよりも何よりも、その会長さんの顔を見てビビビとフラッシュバック!

 

 

ああっ!!!  おれ、この人知ってる!!!

 

 

まさかあの人じゃなかろうか?

 

短い出演時間だったけど、きっとそうだ!

 

でも待てよ、方言研究?

 

やっぱ違うかな?

 

なぜ、違うと思ったかというと、実は、その会長さんが私の高校時代の世界史の先生だったからだ。

 

郷土史研究している人が世界史?

 

んんん〜  むむむ〜  

 

で、イマドキな言葉で言えば、早速、ググってみた。   イマドキでもない?

 

そしたらいっぱい出てきた。

 

たくさんの本を書いたりして、かなりの有名人だということがわかった。

 

 

 

ちなみにこの人   

    ↓ 

  吉川先生

 

 

20年以上前のまんま印象が変わっていない。

 

あの当時から結構お年を召されてると思ったが、変わっていない。

 

お年を召されていたから、今頃は天にも召されているんじゃなかろうかと思っていたけど(むちゃくちゃ言っとるな・・・)、御存命で、なによりお元気そうで何よりだった。

 

タムチさんに映像を見せたら、彼は世界史を選択していないから、記憶が曖昧ではあるが、なんとなく思いだしたようだ。

 

しかし、ということは、あんまり得意でもないことに対して教鞭を取っていたのか、とも言えるが、まぁ、そんなことはどうでもよい。

 

高校時代、当時を振り返るに、先生の話しぶりが、おっとりとした口調で単調、しかも、話が全然楽しくないことと(しかし、むちゃくちゃ言っとるな・・・)、授業が昼休憩終わった後の時間帯だったこともあって、生徒がほとんど寝てしまうという状態に陥り、そこで先生が怒って、生徒が目が覚めるという感じだったな・・・ということを思い出す。

 

それから、思いだすことは、教壇上に立ったときの先生のズボンのシミ。

 

頻繁にズボンが濡れている。

 

時には、お茶でもこぼしたんじゃないかと思えるほどビタビタに濡れていた。

 

ま、なぜ濡れていたかは、推して量るべし。

 

お年を召されていましたので。。。   いろんなところがゆるんでまいりますので。。。

訴えられませんように・・・  

 

 

 

ということで、『ほせ』のことを社内で数人に聞いてみた。

 

そしたら、ほとんどの人が知らない中、知っていたヤツが一人だけいたのだ。

 

田原出身の営業部の青木だ。

 

おお、ということは、南部ということもあながち間違ってはないな、と思えた瞬間だった。

 

ちなみに白井も田原だけど知らなかった。

 

 

『しらい』だけに『しらない』          

 

 

 

なんつって 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハートさま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハートさま・・・

 

 

 

 

 

 

で、田原の方言ということから、資材部の丸茂が青木に『どこつん』を知っているか?とふったところ、やっぱりこれも知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこつん?

 

 

 

 

 

 

 

私を含め、周囲の反応は、これまた衝撃だったけど、実は亀のことを言うらしい。

 

ん〜 、知らない方言が多いもんだ。

 

 

それを聞いて、今度は顧問の渡辺が『ほったー』って知ってる?

 

と会話に加わり、営業部の清水がへそくりのことでしょ?と、どうやら知っていたようだ。

 

で、私が、『ほったー』は知らんかったし、使わんけど、『けったー』はこの辺りでは言うよね、なんて言ったら、今度は、渡辺がそれは履き物だな?なんて言い出した。

 

 

 

 

 

 

 

???   ???   ???

 

 

 

 

 

 

 

 

それは『せった(雪駄)』でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

・・・   ・・・   ・・・

 

 

 

 

 

 

 

ハッハッハー

 

 

 

 

 

 

 

みんなで笑える朝はいいもんだ。

 

わが社の未来は明るい。。。

 

 

 

朝礼見に来る?  

  

 

 

つーか、26日来て       

http://www.houkin.com/motivation.pdf

 

 

 

当日は、私も2時間程しゃべりますし。

 

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

 

 

しゃべらんくていい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チクショー



November 10, 2010

続・続・やる気のスイッチ

 

はい、ようやくやって参りました。

 

3部作最終章。

 

 

 

 

ん?

 

出し惜しみしやがってコンニャローって?

 

やっぱ最初から書くつもりだったじゃないかって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケンチロー

 

正解。

 

 

 

 

 

 

 

その通りですけど何か?

 

 

 

 

 

 

さ、では続きを始めようかね。

 

 

行動を習慣化させるための第2ステージのスイッチ。

 

これは本人でしか押すことができない。

 

それなのにリーダーと呼ばれる上司や経営者たちは、一所懸命に後輩や部下や社員のスイッチを押し続ける。

 

志気を上げ続けようとする。

 

つまり、おしりペンペン状態。

 

鞭を打ち続ける。

 

恐怖感と管理によってコントロールし、無理やり行動を起こさせるやり方だ。

 

一時はそれでいいのかもしれない。

 

でも、そこに本質はないから、すぐにだらけるし、見られていないところで人は怠ける。

 

恐怖政治にも慣れてしまうのだ。

 

そして痛みや、自分自身の意志を忘れ、何も考えなくなり、結果、何も感じなくなっていく。

 

逆にやる気を失ってしまう。

 

それをリーダーたちは気付かずに良かれと思ってやっている。

 

悲劇だね。

 

第1ステージでの心のベクトルも第2ステージでの行動もすべてのやる気を混同して、志気を上げ続けようとしてしまうわけだ。

 

 

 

リーダーたちの仕事は、フォロワーの第1ステージのスイッチを押すこと。

 

考え方や価値観をどうするか?

 

どちらへベクトルを合わせていくかを考え続け、それを自ら実践するために、自分自身の第2ステージのスイッチを押し続け、リーダー自身が率先して行動すること。

 

 

 

他人の第2ステージのスイッチは押せない。

 

そもそも押す資格がない。

 

ということは、「やる気を出せ!」と言ったところで、やる気など出るわけがないということだ。

 

行動レベルでのやる気は、本人が自分から迎えに行かなければならない。

 

やる気が向こうからはやってこないのだ。

 

 

リーダー自身が第2ステージの自分のスイッチを押し、行動すること。

 

そして、そのことによってフォロワーの第1ステージのスイッチを押し、フォロワー自ら第2ステージのスイッチを押してもらう。

 

 

 

どんなことでも人は【慣れる】という習性を持っている。

 

これは人間が生きていく上において必要な特性であり、先ほどの恐怖政治しかり、イヤなことにいつまでもイヤだと思い続けていると、ストレスで死んでしまうし、反対に、楽しい事も、おいしいもの食べることも、継続することで、いずれ楽しくなくなり、おいしさも半減していってしまう。

 

良くも悪くもマンネリ化していくのだ。

 

世紀の美女だ、三河で一番のイケメンだと思い、大好きだった恋人も、夢のようだった結婚生活だって、何もかもすべて慣れる。

 

マンネリ化する。

 

 

 

ダイエットをしようと思う。

 

目標を立てた。

 

素晴らしい計画を立てた。

 

私はやるぞ! これで痩せられるぞ!と意気揚々とした。

 

3日で夢と消えた。。。

 

 

いわゆる三日坊主。

 

誰にでも心当たりがあるはずだ。

 

やろうやろうとは思っている。

 

でも、面倒くさい、なんだかやる気が出ない、今やらなくてもそのうち・・・  なんていう状態だ。

 

 

しかし、まず、やれない自分を受け入れることだ。

 

ダメな子の自分を赦すことから始めよう。

 

前述のように、人間の習性からして、すべての人間は三日坊主であるということを最初に理解することが重要なのだ。

 

三日坊主なのは仕方ない、これは人間だからだ、と知っていれば、そうならないための対策を打つことができる。

 

それを避けるための作戦を考えることができるのだ。

 

 

 

脳の中に【淡蒼球】という器官があるそうだ。

 

この【淡蒼球】こそが、ワクワクや、やる気を生み出し、モチベーションを保ちながら勉強や仕事を意欲的にすることを可能にする器官であるらしい。

 

慣れる、マンネリ化する、ということに対抗するためには、【淡蒼球】を動かすしかない。

 

が、しかし、この【淡蒼球】は自分の力で自立して動くことができないというのだ。

 

周囲にある4つの器官(海馬、テグメンタ、前頭葉、運動野)からの信号や刺激によってしか動かないらしい。

 

ということは、つまり、第2ステージのやる気のスイッチが4つあるということを示してくれている。

 

【淡蒼球】は無意識レベルにある器官であり、4つの周辺器官は意識レベルで動かすことのできるところ。

 

だから、その意識下でコントロールできる4つのスイッチを押すしかない。

 

というか、どれかを押せばやる気が出ると言うことができる。

 

そして、その4つとは

 

 ‖里鯑阿す、まず動く

 

◆,い弔發醗磴辰燭海箸鬚靴燭蝓違った環境に行く

 

 ご褒美をつくる

 

ぁ,覆蠅る  イメージする

 

があげられて、これらのどれかをすることによってスイッチが入るらしい。

 

 

 

ダイエットでもジョギングでも何でも構わないけれど、どれだけ、面倒くさくても、まず動く、行動し始めると、そのうち調子が出てきて楽しくなってくる、なんてことはよくあること。

 

だから、 ,泙再阿ことが重要。

 

で、◆|膣屬鮑遒辰燭蝓⊂貊蠅鯤僂┐燭蠅靴撞な転換をはかっていくと、モチベーションが保てたりする。

 

そして、ダイエットで言えば、 3週間続いたら甘いものを食べてもいいだとか、3か月続いたらおいしいレストランへ外食に行くだとか、頑張ったことに対するご褒美を決めることでテンションが上がったりもする。

 

また、ぁ.瀬ぅ┘奪箸靴新覯漫∩播┐並侶燭砲覆譴襪世箸、モデルさんのような体型になってモテモテになってしまうだとか、鏡を見たり、イケテル自分をイメージしながらダイエットに励んだりするとやる気が出ちゃったりするものなのだ。

 

 

 

脳はだまされる。

 

良く効く薬だと手渡されたサプリメントでも体調が良くなってしまうこともある。

 

行動によって脳はだまされる。

 

 

この4つのスイッチの中で、最も大事のが 体を使うこと。

 

そもそも、この地球上で、最も脳と知能が発達しているのは、人間だけど、脳のない生物も存在する。

 

ということは、生物は、体だけで生きていけるということだ。

 

元々、脳が先に指令を出して体を動かしていたのではなく、体が感じた外部信号を脳がキャッチし、再び体に信号を送るということを繰り返しながら脳を発達させてきた歴史がある。

 

まず、体在りきだったわけだ。

 

ということは、やる気脳にするために、まずは体を動かして、外部からの信号を脳に与えることが非常に有効であるということにもなるわけだ。

 

たとえば、無理やりにでも笑顔でいると楽しい気分になったりするという現象も、体の変化が脳をだましているのだということができる。

 

つまり、行動がスイッチを押しているということだ。

 

 

カシコイ人は生物学的には進歩の極みなのかもしれんけど、そういう人は往々にして、言い訳上手で動かない。

 

口は達者でも、やることやらないタイプ、いわゆる頭デッカチというやつだ。

 

 

 

で、結論。

 

この第2ステージにおけるやる気のスイッチにも【箱】の理論はとても役に立つ。

 

なぜなら、最初に自分の感じた感情を裏切らずに尊重しよう、つまり、行動しようと思ったならそれをやりましょう、という行動重視の必要性を、【箱】を意識することによって習慣化していくことができるからだ。

 

 

 

人がある行為、行動を習慣化するには、最低3週間必要だと言われる。

 

つまり21日間。

 

逆を言えば、21日間行動し続ければ習慣化できてしまうということ。

 

わが社では、この21日間を意識した【箱の外の朝礼】を行っている。

 

見学したい方はいつでも誰でも大歓迎。

 

 

 

目的を意識してもらうために、第1のスイッチを押し、目標を達成するために第2のスイッチを押す。

 

これらを可能にする【箱】を導入することによって会社は劇的に変わっていく。

 

行動の質も変わる。

 

他者への思いやりや感謝がリンクし、さらに行動が変わっていく。

 

 

 

自社をいい会社にしたい、組織を活性化したい、やる気をつくりたい、そう思われている方。

 

いつでもお手伝いします。



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November 08, 2010

続・やる気のスイッチ

 

はろ〜  (*・ω・)ノ

 

 

 

先日、大反響だった(気がする)11月1日の記事。

 

「やる気のスイッチ」   http://blog.houkin.com/archives/50946811.html

 

 

 

続き待ってた?

 

 

 

え?  そうでもない?

 

 

 

んじゃ や〜めた ( -д-)

 

 

 

ん?

 

 

 

ほんとは書きたいくせにって?

 

 

 

      (*`Д')

 

 

 

ま、何人かに続きを書けということを言っていただいたので、仕方ないから書いてあげることにしよう。 

 

言っておくけど、仕方なくだからね。  <( ̄^ ̄)>

 

 

 

さてさて、やる気のスイッチを入れるために変えていくベクトルの向きはどちら向きかということだけど、それは、まー、簡単に言えば、アッチ向きだね。

 

いや、コッチ向きだったかな?

 

鉛筆クルクルしてみるからちょっと待ってね。

 

 

クルクルクル〜     ピタッ

 

 

あっ 出ました! いい物件です!!

 

 

南向きっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃないよね

 

そうだと思った。。。

 

 

 

 

 

ま、前向きです。。。

 

ポジティブさです。

 

 

 

 

やる気には、2段階、2種類がある・・・  と個人的に私は思っている。

 

最初のステージが、価値観、志向、意欲、志というような在り方や考え方を変えるスイッチ。

 

まさにやる気、その気になる、というような、気分を変えていくステージ。

 

ここでのスイッチは自分でも他人でも押すことができる。

 

次のステージは、行動レベルでのステージ。

 

で、ここでは、継続、習慣化していくためのスイッチを押さなければならない。

 

そして、このスイッチは、他人が押すことはできない。

 

つまり、2段階とは、在り方や考え方レベルのステージと行動レベルのステージがあるということ、2種類とは、自分なのか、他人が押すスイッチなのかという違い。

 

 

 

以下に詳しく説明していく。

 

最初のステージで、自分でも他人でも押せるという理由は、そのボタンが気付きのスイッチであるというところにある。

 

しかし、これがまた、非常に接触の悪いスイッチで、例えばの話、経営者がどれだけ動かない社員のスイッチを懸命に押していたとしても、中々機能してくれることがなかったりしてしまう。

 

他人に気付きを与えることは非常に難しいということだ。

 

だから、何度でも繰り返し繰り返し同じスイッチを押し続けなければならない。

 

しかも人によってスイッチのついている場所が違ったりする。

 

決まったところにスイッチがあるとは限らない。

 

何度も押し続けていると、何回かに一回かは、そのスイッチが偶然に機能することもある。

 

いつも聞いていたつもり、わかってたつもりの上司や経営者や親の話が、思わぬタイミングで腹に落ちたりすることはしばしばあることだ。

 

 

そして、そうしたことの繰り返しによって、意識や考え方や志なんかが少しずつ変わってくると、自分で学ぶことをどんどん始めるようになったりする。

 

つまり、自分で自分のやる気のスイッチを押し始めるのだ。

 

ただし、個人差はあるけど、やはり、誰が押してもやる気のスイッチが機能することは、何回かに一回のレベル。

 

その気になりやすい人は気持ちはすぐに盛りあがるけど、萎えたり、飽きるのも速かったりする。

 

つまり、なかなか気付きを得られることは少ないが、自分でスイッチを押すことはできるわけだ。

 

しかし、学びの質が高まったり、経験値を上げていけば、徐々に接触は良くなっていく。

 

また、相乗効果として、何かの弾みに勝手に回路が接触して機能してしまうことも増えていく。

 

組織内に、こういう状態が増えていくと組織自体が随分変化し始める。

 

価値観が共有出来て、考え方が変わり、雰囲気も随分良くなってくる。

 

 

 

そして、次に、考えることは、2段階目のやる気のステージ、つまり、行動レベルでのやる気やモチベーションの維持をどうしていくかということを考えなければならない。

 

いかに行動を習慣化させていくかということ。

 

凡時徹底と言われるように、ルールを習慣化することや、目標を達成するための具体的なアクションプランを行動レベルに落とし、実行し、継続していくことを考えなければならない。

 

箱的に言えば、【TO BE】のスイッチをまず押しておいて、今度は【TO DO】のスイッチを押していかなければならないということだ。

 

第1ステージと第2ステージのスイッチを押す順番は逆であってはならない。

 

つまり、目的なくして目標なし、ということだ。

 

 

 

わが社の場合、在り方や考え方の価値観共有を行う上での本当に初歩の初歩の段階で箱が機能した。

 

簡単に得られることのない第一ステージでのやる気や気付きのスイッチを「箱」で随分入れさせてもらった。

 

ベクトルを合わせることができた。

 

 

 

 

 

 

ということで、

 

 

 

 

 

 

 

気になった?

 

 

 

 

 

 

 

聞いとく?

 

 

 

 

 

 

 

箱セミナー。。。

 

 

 

 

 

 

 

ん〜 まだ?

 

 

 

 

 

 

 

じゃ、ここでおしまいね。

 

 

 

 

 

 

 

何? 書けって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んじゃ

 

また考えとく



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