July 2009

July 29, 2009

無為自然

 

バランスや調和。

どんなことにおいても、これらが崩れ出すと、だいたい良いことはない。

 

地球上の自然や環境の問題をはじめとして、我々が生活していく環境や、文化的、経済的な側面においても、すべてはバランスが重要なことになる。

 

今、地球上では何が起きているのか?

そして、どこへ向かおうとしているのか?

 

資本の原理から言えば、今のこの変化の早いグローバル化された社会から生じる問題や歪みは当然の結果だと言える。

 

行き過ぎ、やり過ぎ、偏り過ぎ。

 

環境問題や経済格差問題、人口比率や少子高齢化問題。

噴出す問題は後を絶たない。

 

大局的に捉えれば、人間は物事の度を超えてから、ようやく気付く愚かな動物だと言えるだろう。

 

しかし、同時にまたその愚かさに気付き反省することができるのが人間の良さだとも言えるだろう。

 

ん?反省してない・・・?

 

 

今の世の中、明らかにおかしいことが多い。

 

いや、今に始まったことではないのかもしれないが、地球レベルや世界レベルで結果として現れる現象そのものが、今までの常識とはかけ離れたことが多いからだ。

 

常識なんて勝手に作りあげられるものだけど、しかしながら、今、地球上で起きている急激な変化に対応できないことから生じる歪が明らかに存在し、それが社会問題になっているのは確かな事実なのだ。

 

 

 

わが国においては、このままのペースでいけば、今年の自殺者の数が過去最悪になるらしい。

ん〜、歪んでるねぇ。

 

我々に突きつけられたこの現実は、おそらくサブプライム問題から端を発した世界的な不況が要因であることは想像に難くない。

 

しかしながら、今回の不況だけで捉えずとも、過去11年間連続で3万人を超え、交通事故で亡くなる方たちの約6倍にあたる人たちが毎年毎年自殺して亡くなっているという事実がこの国には存在するのだ。

 

自殺という現象は途上国にはあまり見られない先進国の特徴と言えるが、日本の数字は異常だ。

 

これは由々しき問題で、政府が無策だ、やれ経済対策を急げだの、社会保障が充実していないからダメなのだ、などと言う以前に(それらも大いに関係していることは否めないけどね)、うつ病になりやすい人が増加していることだとか、世の中の人間関係が希薄化している事実であるだとか、教育の問題であるだとか、人間の内面に目を向けなくてはならんという現実に、もっと目を向けなければならんと思うわけだ。

 

 

 

自殺だけじゃない。 やたらに人が殺される世の中だ。 

 

それも簡単に・・・としか言いようがない。

 

 

 

 

 

 

 

ひとごろしぃ〜

チキショー 道連れにしてやるぅ〜

 

 

 

 

 

 

人の命の重さを知らぬ、自己中なバカチンが急増している。

 

 

 

 

 

 

ばかちん

 

 

 

しかし、命の価値が軽んじられているこれらの現象でさえも、人類や地球の存続の危機レベルなのだと多くの人々に心の底から認識されなければ、本当の意味での修正の方向には向かわないだろう。。。

 

自殺という現象を考えれば、自殺者の数や現象自体を表面的に捉えて対症療法的に取り繕ったところで本質は何も変わらない。

 

原因はもっと奥深いところにあるからだ。

 

人は愚かさから反省し、失敗や過ちから学ぶことができる。

大いなる何らかの力に導かれて。

 

今起こっている出来事の軌道修正は簡単なことではないが、目に見えない大いなる力に導かれ、世界レベルで修正に向かう大きな流れや動きがあるのは間違いない・・・  と私は思っている。 私はね。

 

 

大いなる力とは何だろうか。

例えるならば、筑波大の村上さんの言う『サムシング・グレート』や、現象として、ユングさんの『シンクロニシティ』やワトソンさんの『百匹目の猿現象』などがあげられるだろうか。

(知らない人は調べてください・・・  不親切でスミマセン・・・ )

 

 

後進国の急速な経済発展を求める動きの対極に、行き過ぎた唯物的、物質主義的な価値から脱却し、精神主義的な価値を求める動きが活発になってきているのも事実。

 

日本で言えば、わが国独自の精神文化や日本型経営と言われる旧来の手法が再認識され始めている。

 

◆ ≪目に見えない価値≫を大事にする。

◆ 不確定・不確実・不安定なものを大事にする価値感を育む。

◆ 即時に現れる結果だけを求めず、戦略や技能やテクニックに偏重せず、人格や徳性・人間性を高めていく。

 

 

自己の内面性や人格を高めることに努めたり、思考や思想の持ち方、死生観の持ち方で行動が変わる。

つまり、端的に言えば、うつにならない生き方や、死を選択しない生き方を歩むことができるのではないかということだ。

 

うつや精神性疾患を伴わず、死という道を選択してしまう場合においては、日頃の宗教観や倫理観、道徳観などの思想が大いにその行動心理に反映する。

 

宗教観などから、魂や来世を信じている人の場合、自殺によって得られる効果は期待できないことになる。

なぜなら、簡単に言えば、死んでも生きているため、辛いことは続くかもしれないと思うからだ。

つまり、体の痛みはともかく、心の痛みから逃れることや、意識を永久に終わらせることはできないということ。

 

なぜ、死んではいけないのかということを、今現在、現実社会で生きている環境だけで論じ、社会の中での役割や責任、それから人間関係における利害関係を中心とした倫理観を振りかざしたところで、死を目前にした人を説得することは難しいだろう。

 

◆ 死んだら家族に迷惑がかかる。

◆ 死んだら会社や利害関係者が困る。

◆ 死んだら国の税収が一人分減る。

◆ 死んだら遺体の処理に税金がかかる。

◆ 死んだらキリスト様や仏様に叱られる。    etc...

 

・・・   ・・・   ・・・  

 

 

 

 

死ぬるな

 

 

 

 

今まさに死のうとしている人に、本人以外の利害を主張しようが意味がない。

 

それに、いまさら宗教観や倫理観なんて知ったこっちゃない。

 

とにかく現状が嫌でしょうがないんだから。

 

そして、そもそもそういう人は、人に相談することなく死んでいく。

 

究極のマイナス志向に陥ってしまったそんな状態を作らないためには、常にマイナスの要因をプラスに変換して捉えてしまえるプラス志向の思考のサイクルを持つように心掛けなくてはならない。

 

いわゆるピンチはチャンスとか。

自分は常にツイテイルと信じるとか。

 

だからこそ、生まれ変わりや魂などの精神性や意識レベルの問題を重要視する概念を、おばけや幽霊などの興味本位として捉えるだけではなく、人が前向きに物事を捉えることができるようになるためのロジックとして身に付けることが、マイナスのサイクルに陥らないためにとても有効であり、そしてそのような価値感を持つことができたら、私は人生が大いに変わると心から信じている。

 

なぜならば、私の実体験で実証済だから。。。    

あ、死にたいと思ったことがあるとかそういうことじゃないのであしからず・・・

 

 

◆ あなたは≪何のために人が生まれてくるのか≫自分の子供や未来の子供たちに説明ができるだろうか?

 

◆ あなたは≪どうして人が自分で命を絶ってはならないのか≫自分自身で納得できる答えを持ち合わせているだろうか?

 

 

私は生まれたくて生まれたんじゃない・・・

私のことなんて生んで欲しくなかった・・・

 

親として、言われて最も悲しいこんな言葉を、自ら言った過去があったり、自分の子供に言われたりしていないだろうか?

 

 

私は、まだ幼い自分の子供たちにいつかこう伝えるつもりだ。

 

誰にでも例外なく、この世に生まれてくることには意味があるんだ。

お父さんもお母さんもおまえたちも、みんなみんな自分は生まれてきたくて今を生きているんだ。何かの使命をもって。

お父さんは、じいちゃまとばあちゃまのところに生まれてきたくて産んでもらったんだ。

だから、おまえたちがお父さんとお母さんを選んで生まれてきてくれたことに心から感謝するよ。

ありがとう。

 

 

 

あなたはどんな使命を持って生まれてきたのだろうか。

 

そして何を成し遂げなくてはならぬのか。

 

最大限に努力し、そして多くの学びを得ているだろうか。

 

そして、どれだけの人を愛しているだろうか。

 

 

 

 

人の死とは自らの形を変えて生き続けること。

 

信じるのも信じないのも人それぞれの価値感。

 

臨死体験や死後の世界なんていう非科学的な話は、脳みそが作り出した幻想にしか過ぎず、ナンセンスなのだという唯脳論に固執するのもまた人それぞれ。

 

だけど、私は私自身の持つその価値観を明日を生きる活力に変えている。

この事実だけは誰に何を言われようが変わらない。

 

どこに意識をおくかで自分の行動が変わる。

 

私は天命を受け入れるまでは自分勝手に死なない。 

私は私の使命を終えるまでは死ねない。 

その使命が一体何であるかは分からないけど。。。

 

だから、自分の寿命が40歳だろうが、60歳だろうが、90歳だろうが、いつ死んでも未練なく死ねるように生きて行きたい。

 

なぜならば、私は自分の意思で自分の使命や役割を決め、そして死ぬ時期すら自分自身で決め、そして何よりもこの世に生まれたくて生まれてきたのだから。。。

 

 

 

今回のネタは極めて私の個人的な主観を伴った私見でございます。。。

ですから、どう考えるのかはもちろんみなさんの自由です。。。

 

 

 

 

 

生きがい論

 

明日を生きるため

 

そして

 

死なないための一冊

 

 

PS:あなたにとって、完全にパラダイムシフトが起こる一冊になるかもしれませんよ。



July 27, 2009

ツクシ誰の子スギナの子

 

我が家の庭の手入れをしていて、思ったり、考えたりしたこと。

 

◆雑草のにゃろぅ〜 頼んでもないのに生えてくんなよな・・・

 

◆メサメサ成長著しいねぇ・・・  わが社の社員もこのぐらいのスピードで伸びてくれないものかね・・・

 

◆まーこりゃ、どこまでむしればいいのかね・・・ 永遠に終わらない気がしてきたょ・・・

 

◆しかし、この暑さなんとかならんものかねぇ・・・   あづいぃ〜・・・

 

◆ん〜、かゆい・・・  あの虫除けさっぱり効かんな・・・  一体何発さされてんだろ・・・  軽く20発はやられてんぞっ  クレームの電話でもしたろかな・・・  尻までかゆいわ・・・  しかしズボンとパンツの上からでも刺してくるとは我が家の蚊んつーはよほど飢えてるらしいね・・・

 

◆うわっ!蜂だっ!  こっちに寄ってくんなっ  こわいじゃんかっ  

 

◆あー、腰いた・・・

 

◆あー、疲れた・・・

 

◆ ・・・   ・・・   

 

 

なんという後ろ向きなんだ・・・ いかんいかん。

 

どうせやるなら楽しんでやんなきゃね。

 

ということで、楽しく仕事のことでも考えながら草むしりをしようと、<想い>のベクトルを切り替えてみた。

 

仕事薄いねぇ・・・  売上がねぇ・・・  利益がねぇ・・・

 

なんだか楽しくなくなってきた・・・    

ついつい草むしりをする手に力が入ってしまう・・・ 

 

いかんいかん別のことを考えよう。

 

 

・・・   ・・・   ・・・

 

 

・・・   ・・・   ・・・

 

 

・・・   ・・・   ・・・

 

 

あ、ボーッとしてた・・・     \( ̄◇ ̄#) コラーッ 

 

 

 

一見、大量に生えていると思われる雑草は実はそれほど多くない。

 

というのは、見えている部分が枝葉の部分であり、地下茎の数はそれほど多くないからだ。

いや、実際、我が家の庭には多いんだけどね。  ニワニワねぇ・・・  ニワニワ・・・

 

様々な事柄において同様のことが言える。

 

見えている問題は数多あっても、根をたってしまえばすべてが解消されてしまうというようなことはよくあることだ。

 

だから、草の根作業とはなるが、やり始めたら意外に早く問題が解決されてしまったというようなことも同様に起きる可能性があるのだ。

 

しかし、雑草は強い。特にスギナ。 アンチクショウは強敵だ。 根が深い。

 

スギナの胞子茎がツクシだ。

佃煮はうまいが、やたらに胞子を見境なく飛ばしやがるアンチクショウがだんだん憎くなってきた。

 

スギナはちょっとやそっとじゃ根絶やしにすることができやしない。 超根深。

 

基本的にあらゆる問題は根から断ち切らねば、きちんとした問題解決には繋がらない。 

 

そして、いつの日にか問題は再び起きてしまう。

 

あなた自身がスギナになってはいけない。 

ツクシの出す胞子のように問題の種を撒き散らしてはいけない。

 

しかし、ウチの庭じゃなかったら雑草じゃなかったのにねぇ・・・

 

そもそも雑草さん側からすれば、いい迷惑だ。

強く根を張って懸命に生きているのに、十把一絡げに<雑な草>なんて呼ばれてしまって。

 

企業や組織でもそういうことなのだ。   (・・? ドーユーコト?

 

人間だって成長できる場所を探して自分の価値を高められるようにするべきなのかもしれない。

 

問題児などと言われているのなら、我慢して社内に居場所を探すよりも、自分が伸び伸びと幸せに育つ環境を求めるべきなのかもしれないのだ。

自分の価値と職場が求める価値をリンクさせることが重要なことなのだ。。。

 

 

話は変わるが、草むしりなどの単純作業を行う時間は、普段の生活でゆっくりと自分と向き合う時間をとることのできない人にとっては有意義な時間になると思われる。

 

しかし、私の場合、ほぼ向き合ってないような・・・

 

いやいやそんなことはな〜い。

 

別に向き合う意識など持たなくても良い。

 

何でも良いから何かをゆっくりと時間をかけて考えることが大事なんだと思う。

 

と同時に、逆にそうではなくても、それでも別にかまわないとも思う。

つまり、何も考えずにボケーッとしてもOKだということ。

 

草むしりで手を動かしながら真剣に何かについて考える。

と思ってたら、いつの間にやらさっき考えていたことなどすっかり忘れて、一心不乱に草をむしり、引っこ抜いている。

 

そして、脳ミソの休、不休状態の働きが起きるそんな時間のとり方自体が私の場合、自分と向き合う時間となっている。

 

いろんなことを考えたり考えてなかったりする自分自身を客観的に俯瞰しているようなイメージね。

ん? よー分からん?

 

何かについて深く追求して考えること、そして<何も考えないこと>をも考えることが、自分を内省したり、内観したりするきっかけとなっている。

 

そして実際に何かの単純作業をすることや身体を動かすことが、物事を思索する行為を助長させている。

 

時間を忘れるほど。 時間の感覚がなくなるのだ。

だいたいいつも、気がついたら、いつのまにやら何時間も経っている。

 

というわけで、

 

考える時間をとりたい人、問題解決を図りたい人。

 

具体的に言えば、世界平和を実現したい人、夫婦仲をなんとか修復させたい人、今晩のおかずは何にしたら良いか悩んでいるオクサマ、タムチの嫁含め、どうしたら嫁さんがやってくるのかそろそろ真剣に考えなくてはならない人たち、などなど、悩み深き子羊さんたちには我が家へ来ていただいて、草むしりをすることを是非ともお勧めいたします。

 

むしるべきです。。。  引き抜くべきです。。。 

 

麦茶やせんべいぐらいお出ししますから。。。

 

 

やってくれぇ・・・  たのむぅ・・・



July 24, 2009

キシMEN'S WORLD

 

最近、我が家の近所のうどん専門店に行った。

 

うどん専門と言っても、立ち食いでもなければ、讃岐的なセルフな雰囲気のお店でもない。

 

一般的なうどん・蕎麦スタイルの商品ラインナップから蕎麦が完全になくなってしまったというイメージのお店だ。

 

だから蕎麦好きがうどんの文字を見ていつもの感覚で初入店すると残念な結果になる。

 

しかし、専門店だけあって、うどんはさすがにうまい。

 

蕎麦なしで戦うとは大した度胸だ。なぜならば、イバラの道をあえて歩むことにもなりかねないからだ。

だから、よほどの自信がないとできないことだとも言える。

 

我が家で言えば、私はうどんも蕎麦もどちらも好きで食べるんだけど、奥さんが蕎麦好きなので蕎麦のないそのお店には、基本的にこれから足を運ぶことが少なくなってしまうだろうと予測される。

 

だから、我が家のように、そんなご家庭がひょっとして多いのではないかと他人事ながら心配になってしまう。

 

ファミリー層もターゲットにするなら、選択肢は蕎麦もあったほうが断然良いと思う。

しかし、そこはポリシーなんだろうな・・・

 

こだわるからこそ、得意なものしか出さない。

だから、逆を言えば苦手なものも出さない。

あくまで推測にしか過ぎないけど・・・

 

うどん好きは蕎麦も食べたいとたまには思わないのだろうか?

 

蕎麦専門店が存在するのはなんとなく分からんでもない。

そして、蕎麦好きの人が、イコールうどん好きになる確率は低いように思える。

 

なんでだろ? 

 

私の中に、うどん好きは蕎麦も同じように好きだというイメージがあるのに対し、蕎麦好きの人の中には、ひょっとしたら、うどん嫌いとまでいかずとも、それほど好きでもないという人が結構いるのではないかと、なぜだか思ってしまう。

 

統計をとってみないと分らないけど、私の感じるこの感覚は間違ってるのかなぁ・・・

 

で、話を戻すと、そのうどん屋さんにはきしめんもあって、てんぷらの衣含め、全体的に小麦粉全開系の商品構成となっている。

 

で、そのうどん屋さんで先日行った時にはきしめんを選択した。

 

県外の人と話をしていると、愛知県というだけで豊橋も名古屋も一括りに考えられる傾向があるので、他県の方の中では、いや、名古屋の人も含め豊橋のうどん屋さんのどこにでもきしめんが置いてあるのかと勘違いされている人も多いだろう。

 

しかし気にして調査したことはもちろんないが、きしめんがメニューに置いてあるお店とない店があることは間違いない。

同頻度、もしくはきしめんのない店のほうが多いように思う。

いや、おそらく多いだろう。

 

実は最近そのうどん屋さんあたりをきっかけに、私の中できしめんがマイブームになり始めたため、若干興味の的というのか、私のアンテナとレーダーがそちらにピピピと自動的に反応して動いてしまい、情報をキャッチしやすい状態になっているのである。

 

そんなきしめんが若干気になり、反応しやすい状態で昨日、弊社顧問の渡辺と名古屋へ出張、お昼に取引先の近くで、大通りから少し入った、≪まちのうどん屋さん≫的な地元密着型のお店で昼食をとることにしたときのこと。

 

きしめんさんのことが気になったことは気になったんだけど、あつはなついということで、残念ながら本能的にツベタイざる蕎麦にフォーカスが当てられてしまった。

 

私はあったかいうどんやきしめんは好きなんだけど、ざるうどんやざるきしめんなど、冷たい小麦粉系はあまり好きではない。。。

だからこんなになつい状況で、なっついうどんやきしめんなどを食べた日にはもぉ、池から顔を出したカッパちゃんのようになってしまうので非常にデンジャラスなのだ。。。

 

というようなわけで、自分の主観論で蕎麦好きのうどん好きがあまり多くないのではないかと勝手に思ってしまっているのかもしれない。

 

んで、結局私はざる蕎麦、そして四国出身でうどん好きの渡辺は、これまた流れる血からか、DNAに組み込まれた本能なのか、うどんを選択した。

 

そしたらである。

 

なんと、うどんは20分も他の麺類に比べて時間がかかってしまうというではないか。

 

注文から20分ではなく、私のざる蕎麦が出てきてから20分ということに等しいため、そりゃないわということになり、彼は何に勝ちたいのか分からんが、何かに勝ちたいという理由からカツ丼をたのんだ。

 

そしたらカツ丼は3分で出てきた・・・    ハヤッ!

 

カップラーメンなみではないか・・・

 

しかしまずそうだった・・・

 

で、後で聞いたらやっぱりとてもまずかったらしい・・・

 

20分なんて完全にお断りモードとしか思えない。

頼んでくれるなと言わんばかりだ。

 

うどん屋なのにそんなに時間かけてはいかんだろ・・・と思っていたら、≪きしてい≫という言葉が店内を飛び交っていることに気づいた。

 

きしめん定食の略だ。 名古屋人はおなじみなのか・・・?

 

ラーメン、チャーハンの省略形≪ラーチャー≫みたいなもんなのだろうか?

まー、そんなことはどうでもいい。

 

で、その≪きしてい≫の注文から配膳されるまでの時間がおそろしく短いのだ。

渡辺のカツ丼なみに早いではないか。

 

スピード対応は需要の多さを物語る。

 

ということは、そういうことか・・・   名古屋人はやっぱりそういうことだったのか・・・  

 

大阪のあの子は愛知県人はみんな海老フライのことを≪エビフリャー≫と呼んでいると思っていたらしい。

 

まー、この際肯定してしまおう。

 

名古屋人は主食がきしめんで、冬は味噌煮込みにして、そして、とっても海老好きで天ぷらやフリャーを主菜にしていて、時には天ムスなんかにしてしまって、3分で出せるカツを味噌につけてみたりもして、んでもって食後のデザートはういろうかあんこをそのまま食べているんだがね・・・

 

・・・

 

近いようで遠かった名古屋の人々のライフスタイルが垣間見えてしまったひと時であった。

 

そして・・・

 

あの店のざる蕎麦・・・

 

まずかった・・・

 

・・・

 

・・・

 

名古屋の皆さん、偏見にまみれたこのアタクシをどうかお許しください、アーメン。

 

じゃなくて、せっかくだからキシメン。。。



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July 21, 2009

ゲンキデスカー!

 

ワン

やあ、調子はどうだい?

 

 

 

 

 

 

 

ツー

はさまっちゃったよ

 

 

 

 

 

 

こまったこまった

 

 

 

 

 

 

景気わるいねぇ

 

 

 

 

 

 

 

すんずー1

抜け出せないよ

 

 

 

 

 

 

こまったこまった

 

 

 

 

 

 

 

仕事ないよね〜

 

 

 

 

 

 

 

すんずー2

そのうち首まわんなくなっちゃうよ

 

 

 

 

 

 

こまったこまった

 

 

 

 

 

 

 

暇アリ

みんな元気ないよねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

きゃ〜   っと

もぉ おてあげ?

 

 

 

 

 

 

んじゃ

こんなときこそ

 

 

 

 

 

 

 

世界平和

お互い協力しあって・・・

 

 

 

 

 

 

 

はむさんず

愛だな・・・



July 16, 2009

きもったまぢから

 

昨日、一昨日と某有名業界紙2社さんから、社長交代にあたり話をきかせてくれと取材要請がありましたので、それをお受けし、会社や私個人の過去と現状、そして未来のビジョンや戦略的な部分においての展望をお話させていただきました。

 

さてさて、どんな記事になるのやら・・・

 

ちょっとこれは書かないでくださいねと御願いしてはしゃべるネタも多く、どんな感じにオブラートに包んで記事にしてくれるのか楽しみでもあります。

 

包まれてなかったりして・・・

 

と思ったら、すでに今朝の新聞の記事になっているではないか。

早いね。

 

おおぉ〜悪そうな顔で写真写ってるねぇ・・・

 

ふむふむ・・・  ほほぉ・・・

 

・・・  なるほどねぇ・・・

 

私は、社内でのスピーチはもちろん、採用活動における自社説明会で、毎回会社の理念や価値観やビジョンなどの話を中心に、1時間程説明させていただいていますから、どんな取材を受けても別に問題はない、と思っていたのですが、いざ取材を受けてみると自分の中で、まだ意外に整理できていないこともあるもんだという気付きがあったりして、アウトプットの重要性を改めて認識した次第です。

 

アウトプットは、さらなるインプットへの引き金になります。

 

何かをインプットしたまま、それを自分の頭の中の小部屋に閉じ込めてしまう。

さらには鍵をかって、しかもそれがどの部屋のどの扉だったのかさえ忘れてしまう。。。

 

これだけ変化の激しい時代だと、情報や知識というものはすぐに陳腐化してしまいます。

 

冷蔵庫の奥の方から期限切れの古い食品が、忘れた頃に出てくるなんてことが皆さんのご家庭ではないですかい?

 

あ、ない?  そりゃ失礼致しました・・・

 

我が家には冷蔵庫にとどまらず、棚や引き出しの中からも、夫婦そろって買ったことすらすぐに忘れ、賞味期限を2年も3年も過ぎてからたまたま発見されるという、まるで冬山登山で遭難して発見された時には白骨化してしまっているかのような食品がゴロゴロと・・・

 

情報や知識も同じだと思います。

使わねば、活かさねば、腐るのです。

 

いや、しかし腐らないものもあります。

 

それは原理原則論です。 

 

世の中の不変の法則や普遍の原理に関する知識や蓄積された人類の知恵。

 

しかし、それすら活かされなければやはり忘れてしまいます。

 

ということは、例えば、 <買ったことを忘れて、再び同じ歯磨き粉をまた買ってきてしまった・・・> とか <レンタル屋さんで借りてきたDVDが、以前見たことのあるものだった・・・> みたいな現象が起きてしまったりするわけです。

 

ちなみに我が家ではよくある現象です。。。  

そんなことは日常チャーハンなのです。。。

 

逆に忘れてしまうからこそ、良い本などは何度も何度も読み返すことが必要なんだということも言えますけどね。

 

忘れずに自分自身の知恵にするためには、やはり実践、実行、つまり知識を活かさなければならないのだと思います。

 

行動を伴なった自らの経験が見識。

 

そしてその経験に裏打ちされた行動力、すなわち胆力(胆識)を培うことこそが人を成長させていくのだと思います。

 

情報の集積、経験の蓄積、それこそが人に自信を与えます。

例えるならば兵器力や武装力。

 

水鉄砲よりもマシンガン。マシンガンよりも戦車や戦闘機。ちゃんちゃんこよりも防弾チョッキ。

 

だからこそ、行動する勇気を持つために、つまり胆力を養うためにもやはり学びが必要なのだということに結論付けられるというわけです。

 

知識とは考えること、見識とは実際に体験・経験すること。そしてそこから得た情報や見聞に裏打ちされた実行力が胆識。

 

理論武装して物事に突き進んだ結果、間違った結果を生む事だってあると思います。

世の中はセオリー通りではないからです。

 

しかし、失敗から得た知識や経験も知恵を生むひとつの要素と成り得えるのです。


 

あたまでっかちでもダメだし、かといってやりっぱなしで考えない人もダメ。

 

自ら学ぶ姿勢を保ち、そして内なる基準を明確に持った上で自信を持って判断し、実行する。

 

目的・目標・ビジョンが持てない人には学ぶ姿勢も生まれないし判断基準も生まれません。

ということは必然的に胆力、すなわち実行力は備わらないのです。

 

なぜ動けないのか?

なぜ行動する勇気を持つことができないのか?

 

 

 

 

弱虫毛虫・・・

 

ケムケム

 

 

 

 

 

自信と勇気を培おう。

 

 

 

 

 

 

そして未来を切り拓き、道を作ろう。

 

道なき道



July 14, 2009

ハミデル


 

オイ〜 (ッス)

 

ちょーさん


ッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

もぉ おじさん

 

ニ〜サンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペヤング

 

ヨンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴ〜ロ〜

 

ころっけではない

 

ック

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤァ〜

 

肩車ではない

 

ヒッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マーヤではない

 

ハッチ

 

 

 

 

 

おっ!

 

ハッチ

 

 

 

 

 

ハッチと言えばハッチバックだな

 

 

 

ん〜無理やり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッパフミフミ

 

ハッパがビロ〜ン

 

 

 

ハッチにハッパ〜

 

 

 

ここまで持ってくるのに一苦労じゃ〜

 

写真集めるのも大変じゃ〜

 

 

 

 

ハッパ挟んでるだけだっちゅーに・・・

 

 

 

 

しかし、

 

シャツをダラリとはみ出して

気付かずにいる人みたいだね・・・

 

 

 

・・・

 

 

 

あ、いた・・・

 

 

 

わが社にも・・・

 

ヒ●マ●マ●ミ

 

 

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

ようこそ

しょーもないホウキン社長のブログへ!!



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July 10, 2009

ちょいと運について考えてみる

 

ビギナーズラック、無欲の勝利。

 

パチンコや賭け事などで初心者がわけも分からず、たまたま当たったり、儲けたりしてしまう現象。

 

確率論から言えば、別にビギナーだろうがプロだろうが、欲があろうがなかろうが全く関係ない話になる。

 

でもやっぱり、なんとなく本当にそんなビギナーズラック現象がおきていると思わざるをえない現象を最近体感してしまった。

 

とある本屋さんへ我が家の長男とポニョのDVDを買いにいったときのこと。

 

その本屋の2階にはパチンコやらスロットやらの台がゲームコーナーとして置いてある。

 

で、ポニョを買ったらそのスロットの一回無料券をくれた。

 

ま、ほいじゃどうせすぐ終わるけどやってこうかね、と2階に上がりいざ開始。

 

我が息子は手当たり次第についているボタンをバチーンバチーンと叩きたおして何がなんだか分からぬままグリングリンとドラムを回しては止めて回しては止めてを繰り返していた。

 

学生時分にパチンコに狂ったこともあったが、今や宝くじを含め、基本的に賭け事をしない主義なので、スロットのこともはっきり言ってよく分からない。

とりあえず3つ絵柄が揃えばいいんでしょ、ぐらいの感覚だ。

 

そしたら、隣りに座っていたおじさんがなぜかこちらをチラチラ気にしている。

 

『かかってるよ』

『ええっ!マジすかっ!』

 

これでいいよ、なんてご親切にも台を適当にいじってくれて、いやぁ〜すみません、お世話かけますぅ〜なんていうやりとりをしたりして。

 

そしたら、我が息子は、わけがわからんからつまらんと思ったのか、今度はパチンコがやりたいと言い出した。

 

おいおい、かかってんだからスロットもうちょいやりなさいよ、と言いながら私が代わりにしばらくやった。

 

ある点数に達するとその点数(メダル数)が景品に交換できるんだけど、通常であれば景品は、その本屋さんで使える300円の商品券・・・のところが3000円の商品券が出てきた。

 

 

・・・   ・・・   ・・・

 

すごいな我が息子・・・   10倍ではないか・・・   なんという強運・・・

 

 

しかし、もはやどうにもパチンコに惹かれてすでにスタンバイしている我が子にしゃあねぇなぁ〜とパチンコ台に100円を投入した。

 

またかかった・・・

 

 

おそるべし、我が息子・・・

 

そして、また景品に交換できる点数にあっという間に到達した。

で、景品出したら、玉がきれてしまったが、かかっている最中だったのでもう100円入れた。

 

そしたら、しばらくして再びかかった。。。

 

 

というわけで、300円の商品券が2枚追加され、ヤツはそこのお店限定となるが、実質3600円の価値を自ら稼ぎ出したのだ。

 

それ以上やり続けることがメンドクサイので途中でやめてしまったのだが、もう少しやってれば再びかかったかもしれないという気がする。

 

ほぼ、ポニョ分の金額を自分で稼いでしまった。

 

親孝行な子だ。  エライ。

 

いやぁ〜、すごいね、MY SON・・・

 

 

しかし、これを無欲の勝利と言わずして何と言う・・・

 

 

運を引き込む、ツキを呼ぶというプロセスにおいて、目に見えない大いなる力が働くと考えてはおかしいのだろうか・・・

 

幸運の神様が微笑むことは本当にないのだろうか?

 

私は何かしらそこには、ただの確率論では説明のできない絶対的な力や存在がある気がしてならない。

 

合理性はないし、非科学的だと言われてもかまわない。

しかし、実際に科学で説明のつかないことは世の中にいっぱいあるではないか。

 

ちなみに私のくじ運は最悪である。

じゃんけんもメッポウ弱い。  ん〜、じゃんけんは別物か?

 

過去を振り返ってみるに、小学校2年生のときに駄菓子屋さんのくじ引きで当てた2等賞の偽物のルービックキューブが私の最高ランクの獲得商品である。

 

そしてパチモンなだけにあっという間にぶっ壊れた。

 

先日、出席した知人の結婚式の2次会のビンゴゲームでは最後の最後にようやくリーチがきたが、その瞬間にゲームが終わった。

 

 

 

ビンゴーっ  と言いたい・・・

 

・・・

 

くじ運が悪いにもほどがある・・・

 

 

 

しか〜し、それでもわたしは自分は運が良いと思っている。

 

要所要所での人との出会いや様々な機会やチャンスに恵まれていると本気で思う。

 

それに自分の人生、ただの確率だけで片付けたくないではないか。

 

◇前向きであること  

◇行動する勇気をもつこと  

◇感謝の心をもつこと

 

運やツキを呼び込むためのいくつかのルールは実際に存在していると思う。

しかし、それらを考えてみれば、実はシンプルなことで、そりゃそうだ、ガッテンガッテンというようなことでもある。

 

だから、自分の思考サイクルや行動で、見えざる大いなる力を味方につけて幸運を引き込むことができるのなら、これから生きていくプロセスにおいて、どうしていくことが必要なのかをきちんと見極め、そしてそれに向かって努力していきたいと思うわけなのだ。。。



July 08, 2009

辛い

 

 

 

 

 

 

つらいよ・・・

辛いなぁ〜

 

 

 

 

 

 

からいよ・・・

辛そぉ〜

 

 

 

 

日本語は難しいねぇ。

 

 

 

漢字は大変だねぇ。

 

外人さんが難しいというのもよく分かるね。

 

だって日本人だって

知らないことや分かんないことが多いんだからねぇ。

 

 

 

昨日も私の隣に座っている人が読み間違えてたょ。

 

おいおい、そこで≪からい≫はないでしょう〜 ってとこで。

 

 

 

あ、そういえば、彼は色黒だから

東南アジア系のマフィアのボスに見えないこともないな・・・

 

 

だからか・・・

 

 

 

ちがうか・・・

 

 

 

あ、ウチの顧問の渡辺のことね・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って字もよく似てるよね。

 

 

 

 

 

間違えそうだね。。。

 

 

 

 

 

おぉ〜ぃ

 

 

 

 

 

 

 

 

なろうよ

幸せになりたいかぁ〜っ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しあわせになりたい


 

おぉ〜!!

 

 

 

 

 

・・・

 

 

辛いねぇ〜・・・

 

ツライのか?  

 

カライのか?  

 

 

 

ホソイのかっ!!?



houkinkun at 12:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!しょうもな 

July 06, 2009

悩み深し

 

悩んでいます。

 

どうすべきかを・・・

 

これから・・・

 

このブログを・・・

 

このスタイルを・・・

 

・・・  ・・・   ・・・

 

 

今までは書いたことに責任持たず・・・とは決して言いませんが、かなりいい加減なことをたくさん書いて参りました。

 

しかし、それもこれも<ジョウム>だし、まーいいか・・・  

なんて浅はかな考えの下、テキトーぶりを炸裂させてきたわけでございます。

 

いろんな企業の社長さんのブログを拝見させていただく度に、

ツマランナ・・・

と正直思ってしまいます。

 

だから、今までは企業HP内に設定されているのにも関わらず、なんだかワケワカランことをダラダラと書きなぐるヘンテコリンでショーモナ〜なブログがあってもええではないかと勝手に自分を納得させてきたのですが、やっぱ、社長になったらそれなりにカッチョエエ&ゴリッパなことでも書かんとマズイのかなとも思うわけなのです・・・

 

私もブログを始めた当初は、社内の情報や鋼材の市況情報などを発信したり、また時には自社の製品や販売情報なども含め、よりビジネススタイルを色濃く出そうと考えていたのですが、しかしまずは見てもらわなければ意味がないということを考え、サービス精神旺盛にいろんなことを書こう・・・と考えていたらいつの間にやら方向性がどんどん変わり・・・

 

誰に見てもらうのか?というターゲットを設定することと、何のために書くのか?という理由付けが、正直言って読んでいる人には理解に苦しむところなのかもしれません。

 

正直なところ、私にも分からなくなってきました。  ガーン。。。

 

鋼材の流通業界におけるネット販売という図式はそもそも成り立ちません。

現行の商スタイルではということになりますが。

 

なのになぜ? 

HPなんてそもそも立ち上げてない同業者さんもいるぐらいです。

 

んじゃ、何のため?

基本的にはブランディングの一環です。

 

いわゆるCI戦略というやつです。

 

ただし、一方でイメージを構築しながらも、もう片方では、この私のブログで同時にぶっ壊しているような気もするんですけどね・・・

 

ブログに関して言えば、書き込む欄がHP上に設定されているのにも関わらず、長らく誰も書かなかったもんだから、しゃーない、んじゃ、ワシ書くわ・・・という背景があっただけと言ってしまえばそれまでですが。

 

だって、誰か書く人〜? ってみんなに聞いたら、サッと目を背けるし、聞こえてないふりするし・・・

 

だからきっと、世の中には結局書き手が見つからずに放っておかれてるブログ欄がたくさんあるんでしょうね。 

<調整中>だとか何とか適当に済ませちゃってる企業HP。

 

あれはなんだか寂しいですよね。。。

 

で、とりあえず、空欄を埋める作業から始まったのですが、どんどん読んでくださる方も増え、途中、採用活動のためのツールとして、私の中でメインのターゲットが学生さんだったために、あまり小難しいこと書いても面白くないだろうということで、ネタがどんどん商売離れしていきました。

 

そしたら、今度はたまに書いた仕事のネタはツマランというお声をいただくようになり、ムムム、しかし、それじゃそもそも何のためのブログだ?とも思いましたが、ま、ええかとダラダラとしてきたわけなのです。

 

というわけで社長になるとなんとなく、それとなく、それなりにもう少しビジネスっぽくしたほうが良いのだろうな・・・などと思いつつ、どうしようかねぇ・・・と悩みつつ・・・

 

もう少し、重みと言いますか、軽さを抑えると言いますか・・・

とは言え、やっぱりそう簡単に性格が変わるもんでもありませんし、すでに晒していますし。

んじゃ、やっぱ、このままこのスタイルでいったろうかな・・・とも思いつつ・・・

 

悩んでおるわけなのでございます・・・

 

 

 

ま、ええか・・・

 

あんまり考えるとタムチさんのように痩せてしまうわ。。。



July 02, 2009

社長就任のご挨拶

 

男

 

謹啓 盛夏の候、ますますご清祥の段、慶賀に存じ上げます。
 

 平素は、格別のお引き立てにあずかり、まことにありがたく厚く御礼申し上げます。
 

 さて、このたび私議、七月一日付をもちまして、伊藤守雄の後任として株式会社ホウキンの代表取締役に就任いたすことになりました。

 
 前社長にくらべ、浅学非才の身ではございますが、社業の発展に全力を傾注し、皆様のご支援ご期待に添いますよう専心努力いたす決意でございます。


 つきましては、なにとぞ前任者同様、格段のご指導ご鞭撻を賜りますよう、伏してお願い申し上げます。

 

 関係取引先の皆様には、改めまして近く拝眉のうえ、ご挨拶申し上げる所存でございますが、まずは略儀ながらこの場におきましても、就任のご挨拶を申し上げるしだいでございます。


                                        謹白  
           

                                        平成二十一年七月一日                        

                                   株式会社ホウキン
                                        代表取締役  伊藤彰記

 

女

 



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