July 2008

July 07, 2008

肝皮

ついにきた・・・

 

きやがった・・・

 

まりもっこり

『まりもっこり』

 

いつものスーパーのガチャガチャコーナーにラインナップされとった。

 

この波はどこまで南下してんのかね。 全国?

 

ご当地系のキャラクターが全国進出。  

北の国から・・・  ず〜ん  ほたるぅ〜

 

うちも負けじとキャラクター作るかっ。

 

 

 

 

 

まるもっこり

『 まるもっこり 』

 

 

どうだ!   こうなりゃ便乗だ。   大ブレイクだ!   ダメかっ! 

 

売れんわな。。。  かわいくないで。  かわいげがないで。  

 

言い過ぎかい?

 

『まりもっこり』も別にかわいかないけどね。

目つきがエロい。

 

今、流行りのキモカワっちゅーやつ。  

 

キモカワといえばこんなあります。 ご当地キャラの新たな刺客。

 

浜名湖産のうなぎを父にもち三ヶ日みかんを母にもつ謎の生き物らしい

 

 

 

うなみかん?

 


お父さん、実は中国産だったりして・・・

 

 

 

うなみかん?

 

ブレイクするかねぇ?



July 04, 2008

『本気』と書いて『マジ』と読む

夜回り先生知ってますか?

 

ちょっと前になりますが、その夜回り先生の講演に、子供たちを親に預けて、オクサンと2人でライフポート豊橋へ行って来ました。

 

 

夜回り先生



 

水谷修さんのことは、数年前に寺尾聡さん主演で、まさに『夜回り先生』というドラマをたまたま見たのがきっかけで知りました。

以前から先生のことを知っていた人は別として、番組見た多くの方は、こんな人が世の中にはいるもんなんだなぁ〜、でも凡人にはマネ出来ないな〜、ときっと思ったはずです。

 

それ以後も、多くのメディアやマスコミに取り上げられたり、本もたくさん出版されております。

 

先生がご病気であるということは知っていましたが、詳しくは知りませんでした。

 

講演に先立って少し自分なりに調べてみました。

正確な情報かどうかは定かではないのかも知れませんが、先生は『リンパ腫』という癌を患い、余命5年と宣告されたのにも関わらず、現在では、これといった治療を受けてもいないのに、当の昔に5年は過ぎている状況です。

最近では寝る間も惜しむように休み無く、児童福祉活動や夜回り、講演、執筆活動などと、何かに取り憑かれたように忙しい毎日を過ごされています。

講演の日も、新幹線の中で11分間寝ただけだとおっしゃられていました。

 

病気なんて気持ちや思いで治るもんなのかな・・・なんて本当にそう思わせてくれる方でした。

 

 

2年前にも田原と豊橋で講演されましたが、都合で行けませんでした。

講演内容でのエピソードを何となく知人に聞いたり、メディア等で知ってはいたものの、実際に先生の良く通る声と、リズミカルなテンポで語られるその語り口に圧倒されてしまいました。

 

痩せてはいらっしゃいましたが、肌のつやも良く、ある種の神がかったようなオーラを発し、恥ずかしい話ですが、先生のその雰囲気や空気を感じただけで涙が出てしまいました。

 

別に私はミーハーでも何でもありません。

でも、ああ、こういう人が真の求道者っていわれる人なんだろうな、インチキ新興宗教で教祖さまなんて言われてるヤツァこういう人の爪の垢でも煎じてダシ取って、澄まし汁とか茶碗蒸しでも作ってやりたいわなんて思いながらお話を聞いていました。

 

 

いいんだよ

いいんだよ

 

   『赦す』  

   ・・・人を導く立場にある人の本質にあるものは、だいたい同じような気がします。

 

 


 

今回の講演のキーワードは『思いやり』ということでした。

弊社の基本的価値観も『他を思いやる』というところに最大のオモキを置いています。

 

テーマのわりには、水谷先生の言葉からは実際に『思いやり』という具体的な言葉は出てきませんでしたが、すでに存在自体が思いやりのカタマリのような人なんだなと感じることが出来ました。

 

『思いやり』というものが、人と人との関係において大事な要素となると認識している人は多いと思います。

だから、他人や周りのことが気になってしまう、こうしてあげたい、そうであるべきだと気づいたり、思ったりすることは普通にあることだと思います。

でも、その気づきや思いを、実際に言葉や行動に出来る人が少ないというのが現実です。

 

企業においても、『思いやり』的な言葉を用いた理念は日本中かなり多いはず。

しかし、社是、社訓などで会社の壁に埃のかぶった額縁が傾いて、クモの巣の張った状態でぶら下がっている・・・・下手すりゃその額縁の存在すら社員が知らない・・・なんていう状態で、機能してない理念をお持ちのお会社さんが多いというのが実態。。。

ではないでしょうか?

 

弊社が、経営陣、社員含め、全社的に思いやりのある行動がすでに出来ている集団であるなんてミジンコほどにも思いません。

しかし、まさに行動できてない、でも大事なことだから共通の価値観としてお互いや他を重んじる社風にしようと努力継続中でございます。

会社ある限りずっとです。 ずっと努力継続です。

 

 

本気で考えよう、そして思ったら、感じたら行動しよう、それから全ての関係においてそれを実践していこう』

 

 

 

夜回り先生はまさに本気の人でした。 だから私たちは感動し魂を揺さぶられるんです。

 

先生のようにすべての子供たちに思いやりを持って・・・なんて、とてもとても無理ですから、まずは自分のレベルで出来ることから、一番近くにいる存在から、行動していきたいと思います。

 

 

 

会場で本買いました。

 

 

 

私は違いますが、オクサンはミーハーなのです。

 

ぐりーんだよー


 

実は、サイン獲得のためにヤツは本を買ってました。。。

 

 

まぁ

 

 

それでも

 

 

いいんだよ  

 

 

ゆるすわ・・・



July 02, 2008

己を知る

先日、マユゲを落書きされた犬に遭遇。  笑った。

白い犬に黒いマユゲ。

 

民家に繋がれていたから、もちろん飼い犬で、飼い主さんが何らかの意図を持って描いたものと推測される。  民家の場所は伏せるけど。

なかなかお茶目な飼い主さんじゃないか。

 

でも描かれた方はたまったもんじゃない。  

・・・と人間ならそう思うが、犬は分からんわな。

 

朝、鏡を覗いて、今日は顔が浮腫んどるな・・・   だいたい、昨日飲みすぎたしな・・・  

などと、犬は一喜一憂なんてしやしないから気づかんだろうしね。

 

酒の席でいつの間にか寝てしまって、目覚めたときに落書きされた顔見てビックリ・・・  

なんてシチュエーションは人間にはよくある。   ・・・たまにはある。    ・・・  ない?

 

犬は人になつくと言われてるから、人間の顔の判別は出来るんだろうけど、自分に興味ってあるのかな・・・

鏡の代わりに水溜りとか覗いて、なんじゃこりゃ、なんて思わないのかな。

人になついた犬なんかは、自分のこと人間だと思っていたりするぐらいだから、自分のこと見えても

<こんな犬みたいな顔はオレじゃないよな・・・>

なんて現実逃避してたりすんのかな。

・・・   ・・・

おっと、『犬が自分を自分と正しく判別して、認識できるのか?』なんてしょうもない疑問を気にしたりして、どちて坊やになりかかっちまった。。。

 

 

『 これはゼッタイわたしじゃないわ 』

『 私はこんな姿してないわ 』

 

現実逃避してる人よくいるよね。   

認めたくないのか、本当に分かってないのか、紙一重のところを漂ってる人もよくいる。

 

そんな人に現実をつきつけると狂ったように否定したり、ギャクギレしたりして。

 

世の中には、外見的にも内面的にも、分かっていない、気付いていない面白い風体をした人がたくさんいる。

 

自分でもちろん化粧するんだけど、どう見ても冗談ですか?みたいな顔してたり、どう見ても変装ですか?というような格好をしちゃっている人もよくいる。

 

 

 

 

 

おてもやん

 

 

 

 

外見は内面を映し出す鏡。  

心模様が表情になったり、スタイルになったりする。 

 

現在自分に起きている現実もすべて自分を映し出している鏡。

 

先日そんなことを考えさせられる出来事があった。

深くは語らんけど。

 

あの人のせいだ、こいつさえいなければ、あの会社に入らなければ、こんな学校に入学なんてしなけりゃ、あの時、ああしなければ良かった、こうしておけば・・・

 

今ある自分は、すべて自分が決断したことの連続で形成されているという現実を受け入れることが出来ない人たちが世の中多すぎる。

現実逃避、責任転嫁、言い訳、言い逃れ、うそ、いつわり・・・

 

今ある自分の姿、現実の姿を正しく認識する。

そうしなければ、自分の望む姿や理想とのギャップを理解、認識することが出来ない。

 

自分の姿がどんな状態にあるのか、どんなにステキなのか、どんなに醜い姿をしているのか、現実という鏡やフィルターを通してしっかりと認識していないと、周りからは滑稽に映るだけだ。

 

 

自分はどんな姿してる?

 

 

4だぼでぇー

最新の4駆

 

 

 

今ある現実や私の姿は、すべての自分に関わる人や事柄のおかげです、そう考えたいものです。